16-2 ドッペルの父

「……この企業に、アドバイザーとして雇われていたクロさんを知ってますか?」


「なっ!」


 副社長は、明らかにクロと面識のある反応だった。

 ドッペルがそれを悟ったことを、彼女もまた察知した。


「何で今そんなことを……。

 ……ちょっとまさか遺族だとか言い出すんじゃないでしょうね⁉ 私は知らないわよ! あの女が死んだのなんてどうせ自業自得よ! 私は関係ないわ!」


 女性が喚いた「遺族」という台詞が、不覚にもドッペルの胸を軋ませた。

 だが、今はそんなことに構っている暇はない。


「自業自得? どういう意味ですか? ドッペルゲンガー製造計画に関わったことがクロさんの自業自得ってことですか?」


「は、ドッペルゲンガー? 何のことだか!」


 女性がとぼけているのは明白だ。

 ドッペルは畳み掛けた。


「うん。企業は関わってるんでしょ? この計画に、初めから」


「さっぱり分からない! 言い掛かりをつけないで!」


 女性はそう睨み付けてくるがさっきほどの威勢はない。

 彼女はこれで恐らくドッペルがクロの過労死を糾弾に来たのだと誤解してくれた。


 そして、ドッペルがどれ程事情を知っているか、警察につき出せる証拠をどの程度持っているか量りかねているようだ。


 ドッペルが抑えた声音を演出した。


「ここ最近、ドッペルゲンガー製造計画の方針で研究所側とあなた方は揉めていた。クロさんはあなた方企業にドッペルゲンガー製造計画を縮小させることを提案した。クロさんはアドバイザーとしての仕事を全うしただけなんだ。

 ただそのせいで研究所側と揉める材料を作ってしまった。クロさんはそのことに罪悪感を感じて自分を責め、追い詰められて、自殺を……」


 ドッペルが即興で作ったストーリーを女性に聞かせた。


 女性は尻尾を掴んだと言わんばかりの高笑いをした。


「あははは、可笑しい! 馬鹿な想像は止めなさい! あの女が罪悪感なんて持つわけがない!

 それにあんたは外部のアドバイザーにそんなことまで悟らせると本当に思うの? とんだ思い違いよ。あの女は自分で……」


「“そんなこと”というのは研究所と企業が揉めてたことですね。

 つまり、あなた方企業がドッペルゲンガー製造計画に関わっていることは認めるわけか」


 最小限の音量で呟いたドッペルに、女性の顔がさっと青ざめた。


 今の言葉でドッペルが元々正確に実情を把握していることを知り、そしてそれを自分が肯定してしまったと悟ったからだ。


「俺はあなた方を糾弾しに来たんじゃない。カズマを助けに来たんだ。

 ……企業の財産を残す方法があります。俺の指示を聞く気がありますか?」


「な、何を要求するつもり……?」


「今すぐにこの建物内のブレーカーを落として下さい。企業の皆さんにすぐに警察が調査に来るから逃げるよう伝えて下さい。

 そして、あなた方……あなたと、この企業の社長である、あなたの旦那さんは病院に保護されて下さい」


「わ、私が本気であんたの言う通りにすると……」


 副社長である女性はこの期に及んで逃げ道を探しているようだ。


「このままではどのみちモモウラ教授に企業の全てを乗っ取られるか、警察の調査が入った後に犯罪者になるかです。

 俺の要求を呑まないなら、好きな方を選んで下さい」


 ドッペルが言い切ると、反論する気が失せた青白い顔で女性は項垂れた。





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