14-4 USB

 教授がはあはあと肩で息を吐く頃には、カズマは目を閉じて、顔は腫れ上がり痣だらけになっていた。


 しまった、青年を弱らせてはいけない、と考えることは出来ても罪悪感は興奮で麻痺していた。


 カズマが荒い息の合間にうわ言を言った。


「……あんた、可哀想だな……。もう自分が誰かも、分からないんだろ……?

 あんたはドッペルゲンガー製造計画の、被害者だ……」


「黙れっ!」


 教授が再び拳を振り上げた時。


「お父さん!」


 スミレの叫びが制した。

 レンゲも続いて実験室に飛び込んできた。


「君に父親呼ばわりを許した覚えはないがね、スミレさん。そして、この部屋に入る許可を出した覚えもない。謹慎を命じていたはずだが?」


 スミレとレンゲは痣だらけのカズマを見て、驚愕の表情を作った。


「……カズマ君っ……」


 スミレの横顔に一瞬で様々な感情が過ぎり、それを抑え込むようにひたと教授を睨んだ。


 レンゲがスミレより一歩前に出てきた。


「パパ、もうやめてよ……。この計画はもう成功しない、パパもほんとは分かってるんでしょ?」


 スミレが感情を抑えて言い募った。


「企業側に警察が入ったの。外から動いてる人間がいる。今更私たちがやってきたことをなかったことには出来ない。

 ドッペルゲンガー製造計画が世間に晒されるのも時間の問題よ。それに研究所から逃げた被験者の多くが保護された。この研究所にも強制調査が入ると思うわ」


「……五月蝿うるさい……。五月蝿うるさいっ!」


 教授が怒鳴りつけると、それを合図に偽装された警備員服を着た男たちが入ってきた。


 企業の人間だ。

 男たちがスミレとレンゲの腕を掴み、実験室から引き摺り出した。


 教授は一度カズマの拘束を解き、「移動させる準備をしろ」と指示した。


「警察の調査が入る前にこの研究所は捨てる。君たち、私を護衛したまえ」


 企業側との繋がりがほぼ切れた状態で辛うじて確保した人員に命令した。

 研究所のデータをごっそり持って、職員の数名と企業の警備の人間を連れて研究所を出た。


 ――もう自分が誰かも分からないんだろう?


 カズマの吐いたうわ言が蘇った。

 その通りだった。だが、今更認めるわけにはいかなかった。


 私は『モモウラ教授』だ。このドッペルゲンガー製造計画を完遂するためだけに存在するのだ。


 車に乗り込むと、白衣を着た老年の男が、この世の全てを憎んでいるような形相を車窓に映していた。





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