11-1 警報
レンゲは教授(ドッペルゲンガー)から貰った教材をつまらなそうにパラパラとめくった。
最近あまり父はレンゲを構ってくれない。
小さい頃は不思議だった。
なぜ自分は、ただ文字を書けただけで褒められるんだろう。
小学校に上がり、他の子供が当たり前に出来ることが自分には難しいことに気付き始めて、自分が学習障害を持っていることを知った。
昔はそれでも父に褒められることは嬉しかった。
「レンゲはすごいな」と頭を撫でてくれる手が大好きだった。
しかし、父はそんなに姉のスミレを褒めることがないと徐々に感じ始めた。
優秀な姉は何でも出来て当たり前だったからだ。
その事実は裏を返せば、レンゲには元から期待していない、と突き付けられたようにも思えた。
姉とは違い自分は出来ないことが当然で、何か出来ると周囲から大袈裟に驚かれる。
このくらいのことレンゲにだってちゃんと出来るのに――実際には相当に難しい事だったが認めたくなかった――。
何で、無理しなくていいよ、なんて言葉をかけられなきゃいけないの?
レンゲはそんなに何も出来ないダメな子供に見えるの?
ある時、父が家に同僚のおじさんを連れてきた。
その人はレンゲが学習障害を持っていることを知っていた。
同い年の男の子と、優しそうなその子の母親も訪ねて来るようになった。
かなり年が離れた姉、スミレと遊んだ経験はこの時くらいだったと思う。
でも、それ以上に嬉しかったのは、父の同僚であるおじさんがレンゲに勉強を教えてくれたことだ。
おじさんはレンゲに少し難しい書き取りでも挑戦させた。
出来たら褒めてくれて、もっと難しい問題を出してきた。
「レンゲちゃんのペースで勉強してみな」と頭を撫でられた。
最初は無口でつまらなそうな人だと思っていたが、すぐにおじさんが来るのが楽しみになっていた。
この人がパパだったらいいのに。その言葉はずっと胸の奥に押し込めて過ごした。
――そして、現在。
研究所の一室。
「レンゲ。報告を聞こうか」
重々しいその声にレンゲはぼーっとしていた顔を上げた。
教授が冷たくレンゲを見下ろしていた。
教授はオリジナルであるカズマ本人の様子についてレンゲから報告を待っているはずだが……。
え、何? パパ、いつもと違う。
レンゲは訳もなく緊張して、椅子から立ち上がった。
「あ、うんっ。いつも通りだったよ。特に何も……」
「嘘を吐くな」
無機質な声にレンゲはびくりと肩を震わせた。
レンゲはカズマに振られてから、カズマの足取りが掴めなくなり監視はしていなかった。
パパにレンゲが嘘を吐いてたことなんてとっくにバレてたってこと……?
そんな。どうしようっ……。
「あの、パパ。ごめんなさい! レンゲは……」
「言い訳をするな。もういい。役立たずはいらん」
突き放すような、いや、突き放されたのだと気付く。
レンゲは慌てて教授の白衣の袖を掴んで引き止めた。
「ま、待って。パパ、」
「離せ!」
教授が嫌悪の表情で腕を振り払って、その手がレンゲの顔に。
いや、部屋に飛び込んできてレンゲを庇ったスミレの肩に当たった。
「教授! 何してるんですか⁉」
スミレが怒りを孕んだ目で睨み付けた。
背中にレンゲを庇うようにして立っていた。
レンゲは信じられない思いだった。
姉が自分を助けてくれるなんて。
長年、自分は姉に嫌われているものだと思ってきた。
教授は煩わしそう舌打ちをした。
「私の命令を無視した罰だ。しばらくの間、二人とも私の許可なく部屋から出るな」
教授がその場を立ち去った後、スミレがレンゲを心配そうに窺ってきた。
「レンゲ、大丈夫だった?」
レンゲはどう応えていいのか分からず、頷くことしかできなかった。
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