10-4 モモウラ教授
*
同僚だった男は「モモウラ教授」という肩書きを乗っ取り、娘の一人、レンゲを奪った。
施設から引き取った少年が男の一人息子だったことを彼はすっかり忘れてしまっていた。
男は、ドッペルゲンガーとしてのモモウラ教授は、強引に少年に「手術」を受けさせた。
ドッペルゲンガー製造計画に疑念を抱き始めていたモモウラとは正反対に、この計画の、高度な知能の実験にのめり込んでいった。
そして、自分の息子の記憶を書き換え、ドッペルゲンガーにした。
モモウラにはもうどうすることも出来なかった。
スミレは「モモウラ教授」としての男に従う振りをして、父であるモモウラや妹のレンゲを守ろうとした。
今もそのために動いていた。
モモウラ自身が今、必死に知識を搔き集めていかなければ、「モモウラ教授」に、より多くの知能を与えることになる。
オリジナルとドッペルゲンガーの情動性知能の高さは反対だからだ。
だから、知識がいる。本がいる。
これ以上、計画を進めさせないために……。
*
湿度の上がり始めた気がする温室。
カズマはモモウラ教授(オリジナル)の話を聞き終えた。
自分は恐ろしく険しい顔をしているだろう。
教授が引き取り、ドッペルゲンガーにした少年とはどう考えてもドッペルのことだ。
今、モモウラ教授として研究所を仕切っているのは、ドッペルの実の父親……。
「……話は分かりました。あんたがドッペルに何をしてきたか……スミレさんのことも、もう一人のあんたのことも。
……じゃあ、ドッペルゲンガー製造計画を止める方法は? ドッペルゲンガーとのつながりを断ち切る方法は?
知ってるんですよね⁉」
目の前のモモウラ教授は頭を抱えていた。
窓から差し込む日が翳った。
「……それは、……」
カズマは白い部屋に戻り、パソコンのキーを指で叩いていた。
一日に何度も受けさせられる知能テストの合間に、モモウラ教授(オリジナル)から聞いた話を文字に起こしているのだ。
カズマはやはり聞き得た情報をデータにする必要があると感じていた。
ドッペルの知能が上がるほどに自分の知能が下がっていくこの状態でどれだけのことを記憶していられるか分からなかったからだ。
出来るだけ事実だけを淡々と書き起こした。
ヨモギと打ち合わせて決めた。
五日後、この研究所を脱出する。
データをUSBに落とし込んだ。
このデータを早くドッペルに渡さないと。
忍び寄る焦りを静めるように青いメタル・クマのキーホルダーを握った。
*
海辺の長閑な一軒家。
ドッペルはクロが語り終えるのをじっと聞いていた。
クロというのは当時からアドバイザーの仕事で使っているあだ名らしく、本名は教えてくれなかった。
クロの話を聞きながら、ふっと疑念が持ち上がり、話を聞くほどに確信を得ていった。
クロさんは、この人は、俺の実の母親なのか……?
背筋が凍り付く思いだった。
クロは淡々と語り終え、煩わしそうに髪をかき上げた。
「……あのさ、クロさんの息子について、教えてくんない?」
「何故そんなことが気になるのかしら?」
「いや、なんとなくだけどさ」
「覚えてないわよ、そんな昔のこと」
クロは嘘を吐いている風でもなく答えた。
彼女は本当に息子などには興味がないのだと知ってしまった。
ドッペルはしばらく質問を繰り返し、クロから連絡先を訊き出すことができた。
それは、クロに研究所の職員だと名乗りコンタクトを取ってきた若い男性の連絡先だ。
企業側と研究所の関係は今、良好とは言い難いらしい。
警察にドッペルゲンガー製造計画が露見することを恐れ始めた企業側はこれまで犯してきた罪をなかったことにしようと隠蔽工作に躍起になった。
そんな企業を見限り、研究所は企業に情報を開示しなくなり、ひとりでに暴走を始めた。
彼らにとって芳しくないこの状況は逆にドッペルたちにとっては好都合だ。
ドッペルゲンガー製造計画に干渉し、崩す隙を見つけられるかもしれない。
ドッペルはクロに勧められて数日間はこの家で過ごすことになった。
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