8-4 温室

 ヨモギの案内で、自身の部屋に割り当てられた白い箱に戻った。


 カズマは“モモウラ教授”のこと、ヨモギの言葉、歩き回った研究所の構造、今日得た全ての情報を整理する。


 ヨモギは『目的は僕らと同じだ』と発言した。


 僕らというのはヨモギと温室の方の教授のことなのか。


 それとももっと複数、研究所内の被験者とされている人全てか。

 ひたすら実験に協力させられる日々を変えたいという動機は容易に想像できるが……。


 ヨモギやカズマ以外にどれだけの人が自由のために動こうとしているのか。

 どこに行けば情報が得られるのか。


 もう一度、温室に行くにしても監視カメラをどうするか。

 スミレに頼るか。

 温室の教授を父と呼んだスミレは信用できるか。


 頭の中がパンクしそうだ。

 カズマは息を吐き、天井を見上げた。


「カズマ君いるー」


 友達の家を訪ねるノリで現れたのは昼間会ったばかりのヨモギ。


 研究所内は二十四時間電気が点いているので時間感覚が狂いそうだが、今は夜中だ。


「……ヨモギはけっこう自由に歩き回れるんだな」


「本当はダメなんだけどね」


 ……良い抜け出し方を知っているのなら後で教えてもらわねば。


 それはそれとして、


「何かあったのか?」


「お喋りしに来たんだ。君と仲良くなりたくて」


 ヨモギは真顔だ。

 額面通り「お友達作りをしましょ」ということではないのだろう。


「……つまり協力する上である程度、互いを信用する必要があるってことか……」


「あ、じゃあそれで。……何かカズマ君って昔の友達に似てる気がする」


 ベッドに座るカズマの隣に腰掛けたヨモギ。

 ドッペルともよくこうやってベッドに並んで喋ったな、とふと思った。


「昔の友達?」


「施設にいた頃の年上の男の子。何年も前なんだけどね。まあまあ仲が良かったんだ……。

 施設だと食事がみんな決まった量出されるんだけど僕は食べきれなくて。そしたらその子が気付いて、僕の残り物を自分のお皿に入れて、先生に『もう食べれません』って堂々と言ったんだ。それで僕の代わりに怒られてくれた。

 でもその子、外で遊んでて気分が悪くなったことがあったんだけど、その時には結構無理して、結局熱中症で夜中魘されて、同じ部屋だった僕がずっと看病することになったりして。

 人のためだったら逆らったりしてもケロッとしてるけど、自分のことは変に我慢することがあって。

 正義感が強くて、子供ながらに本当にカッコ良かったよ。

 あ、いつだったか、破れた絵本を二人で修理したこともあったな。どっちもムキになって、かなり凝ったもの作っちゃって、絵本の修繕だけに無駄に何時間掛けたか」


 ふふ、と思い出し笑いをするヨモギの表情には切なさが滲んだ。

 その友達への強い憧れがカズマにも感じ取れた。


「喋り過ぎたね。ごめん、カズマ君」


「いや、全然。……その子の名前、何て言うんだ」


 心なしかヨモギの表情が色褪せた。


「忘れちゃった。というか、記憶を消された」




 さっきのヨモギの言った昔の友達とはドッペルのことなんじゃないか、とカズマは感じた。


 だが根拠がない。

 ドッペルが以前話したエピソードと似ているというだけで、そんな話はどこにでもあるだろう。

 聞いた性格もドッペルとは全く違うし、ドッペルだと確定する手段は今のところないわけだ。


 それでもカズマはヨモギのことを信じたい気持ちになっていた。

 ヨモギのドッペルゲンガー製造計画を潰したい気持ちも本物だと思える。


 ヨモギに協力し、計画を潰してここから脱出する。


 少し希望のようなものが見えてきた。



 ドッペルはダイヤの運転する車から降りた。

 養護施設の看板が下がった建物の前の駐車場だ。


 懐かしくは、ならない。


「カズマ、ほんとに迎えに来なくていいのか?」


 運転席からダイヤが尋ねてくる。

 ジロウも心配そうに眉を寄せた。


「ああ、大丈夫だよ。何も説明なしに送ってもらって悪いな」


「それはいいけどさぁ……」


「ダイヤ、カズマに考えがあるんだろうしさ」


 渋るダイヤをジロウが宥めた。


 ドッペルは「いい人たちだな」と心から思った。だからこそもう巻き込めない。


 自分は真実を知る必要がある、カズマとの平和な日常を続けるために。


 ドッペルは静かに施設に足を踏み入れた。





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