4-2 恋人


 ドッペルはカズマのホームビデオを見終えて、カズマの母親に尋ねた。


「母さん、何で小学四年から後はビデオ撮ってないのー?」


 カズマの母親が苦笑した。


「あんたが反抗期真っ最中で親が撮影に来るのなんか嫌だ、恥ずかしいって言い出したからでしょ。まさか忘れてないわよね?」


「あっうん。そうだったね……」


 意外だ。あんなに冷静で誰に対しても丁寧に接するようにみえるカズマにもそんな時期があったのか。


「その頃からあんたの成績ががっくり落ちてきて、あんた放課後もずっと勉強してたわよね。それでも全然上がらなくて、ずっとイライラしてたから……。

 私も大丈夫って訊きたかったけど余計なプレッシャーかけたらいけないって何にも言えなかったしねぇ」


 ドッペルははっと思い至った。

 自分が手術を受けた時期と重なる。


 ドッペルの成績が異常に上がっていった頃、相対的にカズマは成績が下がり苦しんだのだ。


 ドッペルの過去を聞き終えた後、カズマは話したいことがあると言った。

 それはこのことに気付いていたからなのだろう。


「……ね、母さん。その後はさ何で俺、成績上がっていったんだっけ?」


 カズマの母親が怪訝そうな顔をした。


「家庭教師の人が来てくれるようになったからでしょ? ほら、スミレさん。確か有名な大学教授の助手をしてるって、あんたが言ってたのよ?」



 夜の旅館は普段より時間の流れが遅い気がする。


「スミレさん、コロンビアで津波だって」


 スミレが髪を乾かしていると、恋人のカズマがニュースを見ながら話し掛けてきた。

 心霊現象特集は先程終わってしまった。


 カズマは布団を敷きその上に胡坐をかいている。


 スミレはこれまで八歳も年下の彼氏であるカズマとの関係を周囲には知られないように細心の注意を払ってきた。


「そうなんだ、現地の人は大変だろうね……」


 スミレの受け答えにカズマは眠そうに欠伸をした。


 明日の朝、目が覚めた時、彼はスミレのことの一切を覚えていないだろう。


 彼の中でちゃんと辻褄が合うようになっていればいいが……という懸念と、自分を忘れても何一つカズマが変わらなかったらスミレはカズマに何の影響も与えていなかったという事実を知ってしまうかもしれないという場違いな不安がスミレを苛んだ。


 カズマに気取られぬように洗面所に入って呟いた。


「ごめんね、カズマ君。私のことを忘れて幸せになって下さい……」



 ドッペルはカズマの自室でだらだらと漫画を読んでいた。

 漫画の内容はあまり頭に入ってこない。


 机の上のスマホがピコンと音を出す。


 ドッペルのスマホだ。ちなみにカズマのスマホに入っている連絡先を登録済み。


 カズマと同じ学科の女子から……。


『ずっとカズマ君のことが好きでした。付き合って下さい』


 ……。


 今カズマは彼女と旅行に行ってます、とは返せないしなぁ。

 カズマってほんとモテるんだなぁ。


 カズマに確認をするか、もう寝てるかもしれないな……。

 でも、ラインに既読つけちゃったし、すぐ返さないとカズマの印象が悪くなったり……。


 ええい!


『直接会って返事したいんだけど、いいかな?』


 これでいいよな、後はカズマがどうとでも返事するよな? 


「うん。大丈夫だろう」


 勝手に決めつけてドッペルはカズマのベッドの布団を被って、次の日にはこのことをすっかり忘れていた。





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