ドッペルゲンガー製造計画

1-1 お試し販売

 ドッペルゲンガーは、自己像幻視と呼ばれる幻覚の一種とされたり、超常現象のひとつとして扱われる。


 自分自身の姿を自分で見ることや、自分とそっくりの姿をした分身、第二の自我、とその解釈は様々である。


 特徴として、ドッペルゲンガーは周囲の人間と会話をしない、本人に関係のある場所に出現する、忽然と消える、等々がある。

 あとは、ドッペルゲンガーが現れるのはその人物の死の前兆であるなどが有名な俗説だろうか。


 しかし、カズマの家にやってきたドッペルゲンガーは、こういったふわふわした予備知識を見事に蹴り飛ばしてくれた。




 五月。

 そろそろ「大学生」と呼ばれて、あ、自分の事だ、と思うことに違和感がなくなってきた。


 カズマは、宅配業者のお兄さんから段ボール箱を受け取って、二階の自室に運んだ。


 網戸にした窓から入り込む涼しげな風が室内に爽やかさをもたらした。ふわりと勢いよくカーテンが持ち上がった一瞬。


 ばこん、と少々間抜けな音が放たれた。


 壁際に無造作に置いた白い段ボールから飛び出してきた自分、とそっくりなドッペルゲンガー。

 カズマは驚きに固まった。


「どうもぉ! 本日はドッペルゲンガー製造計画、お試し販売をご利用頂き誠にありがとーございまーす!」


 自分と全く同じ顔が自分では有り得ないレベルで飛び跳ねた。

 拳を空に突き上げて笑っている自分そっくりの人間。


「……はあ、えっと……」


 カズマが戸惑い気味に見詰めていると、ドッペルゲンガーにやれやれと呆れられた。――以下ドッペルと略す、長いから。


「説明書、読んだぁ? 見た目は全く同じでも性格は正反対に設定されてるんだよ。

 自分がいつもあれしたーいこれしたーいと思っててもできないことを分身にやってもらおうって主旨の企画がドッペルゲンガー製造計画。

 じゃなきゃもう一人の自分を作る意味ないじゃん?」


「……ああ、確かに」


 一呼吸置いて考える。

 考え事をする時に眼鏡を左手で触るのがカズマの癖だ。


「……ってことは趣味とかも正反対?」


「いやいや、それは一緒。それぞれの性格とあと人格形成の都合上、過去の経験もだいたい正反対らしいぞー。

 と言いつつ、俺も詳しくは分かんないけど。過去の経験が正反対って何だい、ウケるー。

 あ、じゃあまずどこまで似てるか答え合わせする? なあ、お前は何のアニメが好き? 漫画は? ゲームは?」


 カズマが仰け反った分、ドッペルはずんずん近付いてきて自由奔放に喋り尽くした。


 ……マシンガントークとはこれを指すのだ、とカズマは実感した。


 目まぐるしいかつ鬱陶しいというのがもう一人の自分、ドッペルに対するカズマの第一印象だった。




 ドッペルはカズマの自室を手当たり次第にあさって、次々と漫画を手に取った。


「おお! 俺も見てるわ、これ!」


 ドッペルが両手を上げて、これ以上ないくらいのオーバーリアクション。

 と、ピタリと動きを止めて、意味ありげに片頬を上げた。


「もしかしてカズマも時々空想したりする? キャラのチャームポイントを削った場合」


 ぎくりとカズマの肩が跳ねた。


「なぜそれを……」


「分かる、分かるー。アニメですっげぇ好きなヒロインいて、その子が自分の金髪がコンプレックスってキャラだったら『この子が黒髪に染めたらストーリーどーなるんだろう』って我に返ったり、『片目を常に隠してる漫画の主人公がオールバックにしたら能力発動の迫力が半減するな』って冷静に考えてたり、ゲームのあのキャラのアホ毛を切ったら……」


「ちょ、ちょっと声落とせって」


 カズマの自室は扉が薄く、大声を出せば一階にいる母親に丸聞こえなのだ。

 ドッペルは見た目も声もカズマそのものなので、これはまずい。


 と、いうようなことをドッペルに説明した。


 ドッペルは「オッケー」と何かの決めポーズ。いちいち軽い。


「ともかく今夜はこっちで寝てもらっていいか? うち狭いから」


「……狭い……?」


 困惑した顔で首を傾げたドッペル。


「ん、どうした?」とカズマが尋ねると、

 ドッペルは完全無視で「うお、ソファだ!」と長年カズマの自室を狭くしている根源であるソファにダイブした。



 過去――――。


 無理に曲げられた右腕を伸ばそうとしたらすぐ壁にぶつかってしまう。

 左腕も両足も試してみたが同様だった。


 暗い箱の中。


 首を曲げていなくてはならなくて息苦しい気がする。

 喉の周りに熱い空気がわだかまって声が出せない。


「こいつは駄目だ」


 低い声がぐわんと上から降ってきた。

 たぶん、大好きだった人の声。


「失敗作だ。廃棄処分の日程を調節しておけ」


 まって、いかないでとどれほど念じても足音は遠ざかって、また一人ぼっちに……。





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