第三話
1
エレベータで上の階に行くさなか、私はいったい何をしにこのショッピングセンターに来たのだろうか。
「なあ、もう帰らないか」
「えー。来たばかりじゃない」
「でも、おまえ服作れるんだろ」
「うん、」
「じゃあいいじゃないか」
こんなにも可愛らしいフリフリワンピで歩くのは何だか恥ずかしい。足元がとてもスースーする。女の子は見せパンをはくという話を聞いたが、こいつは穿かないらしい。
「あんたも、女の子の体で楽しみたいとは思わないの?」
「恥ずかしいんだよ!」
どうやら、私とマルガリータの見た目が入れ替わったらしい。まあ、見えるのは私くらいだが。
「ちょっと、あんたさっきからおじさん過ぎ」
「おじさん過ぎって…仕方ないだろ」
「あんたは今、可愛い女の子なの」
「可愛い、」
「話し方とかどうにかならないの?」
「わかった…」
「可愛く!」
「わかったわ」
ありったけの可愛さを出した。仕方ないだろ。私はこの25年間、男として過ごしてきたのだから。いきなり可愛くなんてできない。
「ついたわよ」
「ああ、」
香水の匂いが立ち込め、まばゆいほどの輝きをはなっている女性たちの瞳。美しい…。しかし、何よりも一番の驚きは。
「おしゃれな男の人が多いんだな」
「そうよ、普通はこうなの」
お洒落だ。私はコロンをたたくどころか髪の毛をセットしたことすらない。
「いっらしゃいませー」
ランジェリー売り場から元気のいい声が聞こえてきた。
「どうする」
「何がよ」
「下着、買うか?」
「…」
「…」
沈黙。何とも言えない間が二人の間に生まれた。
「あっはっはっは!」
「なんだよ」
「いいじゃない買いましょうよ」
「やだ、そんな風に言われたら買いたくない」
「いいから、入ってみなって」
私は、マルガリータに誘われ魅惑の世界に誘い込まれた。どこを見ても心が弾けるような気持がした。フリフリのものから際どいもの、何だあれほとんど隠れていないじゃないか。
「あんなものをはくのか」
「安心しなさいよ」
「なんでさ」
「私の胸の大きさだと…ほら」
「え?」
指さされた方を見ると。
「ああ、」
「ね」
そこには、野暮ったいメロンを包むネットのようだ。
「私のサイズだと可愛いのがないのよ」
「じゃあ、買わなくてよくないか」
「今日はあんたに女を楽しんでもらいたいの」
と、いいながら女ものの下着を手に試着室に入った。マルガリータの指示に従い着替えてみたが、どうだろう野暮ったいものかと思ったがかなりセクシー系のものだった。つけていた下着を外すといきなり肩に重力を感じた。
「なんか、重いんだな」
「でしょ、めっちゃ肩凝るのよ」
少し下の方は透けていて、鏡越しにもいろいろなものがあらわになっていた。
「なあ、こんな下着じゃなくてもいいんじゃないか」
「だめよ、今からホストに行くんだから」
「ホスト?」
「そうよ!新宿に来て歌舞伎町によらないなんてありえないわ」
「何で男の私がそんなところによらなくてはならんのだ」
「いいじゃない、楽しいわよ」
「ふむ…」
その後もいろいろな洋服店、香水店、シルバーショップと女の神髄を味わわされた。
「女の子って大変なんだな、一回の買い物でここまでお金がかかるなんて」
下着、服、アクセ、靴、カバン、財布、香水すべてそろえたとこで二桁万円を優に超えた。
「なあ、そろそろ金が切れそうなんだが」
「わかってるわ、ちょっと待ちなって」
といって、宝くじの前に連れてこられた。
「宝くじかよ」
「百発百中よ」
「流石ですね・・・」
「もちよ!」
スクラッチカードを一枚だけ買わされた。一等は六億円だそうだ。二等は八百万だ。
「こんなんあてていいのか」
「いいに決まってんじゃない」
「一枚で当てたら不信だろ」
「任せなさいって」
。スクラッチカードを削った。いつも思うが、このスクラッチをけづっているときの胸が張り裂けるような緊張感はたまらないものだ。番号は1548797。すぐに当選を確認してみた。一等は、7548976。
「一等は、ダメか」
二等は、7895315。ん?またしても外れである。
「全然だめじゃないか」
「よく見なさいよ」
「え?」
番号を見合わせてもやはり、さっぱり当たっている気がしない。
「やっぱり、だめじゃないか」
「三等よ」
「三等?」
番号は…1548797。
「当たってる!」
「でしょ!」
「金額は?」
「七十万」
「しょぼい”」
七十万。確かに当選した。したが。
「七十万は嬉しいが…悪魔だろ。もうちょいがんばれよ」
「なによ!文句あんの?」
「文句はないけど」
しかし、今日使った分を引いてもかなりのプラスだ。
「これでたくさん本を買えるじゃない」
「そうだ」
確かにそうだ。今日は何も歌舞伎町に来たわけではない。紀伊国屋、ブックオフに来たんだ。ああ、新宿駅に二つのブックオフがあった頃が懐かしい。
お金を、換金して紀伊国屋に向かった。しかし、
「あれ、妙に人通りが多いな」
「多分あれじゃない?」
指さされた方を見てみると
「労働組合です、皆さん応援よろしくお願いします‼」
「労組になんか、負けるな!日本国民よ立上がれ!」
「負けてたまるか、もっと派手なパフォーマンスを見せてやるぞ!」
「パフォーマンスってなんだ、おまえたちはパフォーマンスだけか」
「上げ足とりばかりじゃないか」
変な二組が揉めていて紀伊国屋のほうへ近寄れない。
「なんだ、今日何かの日か」
「いいえ、なかったと思うけど」
糞‼こうなったら、反対口のブックオフだとわたってみたところ
「ヌ‼」
「あらこっちも…」
そこには、ホームレスを助けているヴォランティアの行列があった。
「ぐぬぬ!」
「悪いとも言えないわね」
「どうすればいい」
考えろ、この打開策を。
「どうするの?」
「ちょっと待ってくれ!」
そうだ!回り込めばいいのだ。多少の遠回りでも、たどり着けば万事問題はない。急がば回れと先人も言っているではないか。
「回り込むぞ」
「めげないわね」
めげない、今は3時過ぎだ。歌舞伎町に行くかはともかく、行ったとしてもあと七時間以上時間がある。
「時間はたっぷりとある、負けてたまるか‼」
2
現在は時刻10時。あれからあらゆる方法で書店に突入したが、
「ねえ、諦めたら?」
「いやだ、絶対に勝って見せる」
「その『かって』漢字違う」
「『買って』みせる」
「じゃあぜひ頑張って、11時になったら歌舞伎町よ」
「わかっている」
おかしい、おかしいのだ。いきなりま慣れぬデモ行進が起きたり。宗教勧誘されたり。よくわからん事務所に誘われたり。いったい何だこれは、まるで世界が私に本を手に入れさせないように動いている気がする。そして、
「ねえ、お姉さん。可愛いじゃん」
「ありがとうございます…」
「僕たちと、」
「結構です」
私は、走った。
「何で逃げちゃうのよ」
「だって、だって!」
「そういうのを楽しむんじゃない」
「無理!」
「あら、なんだか可愛くなってきたじゃない」
うるさいのだ、なんだか自分がよくわからなくなってきた。
「私は本を買うのよ!」
私はやはり走った。本を求め、陸に打ち上げられた魚のように。しかし、時間が刻一刻と過ぎていく。そして、
「着いた、」
「そうね」
「やっと着いた」
「そうね」
「なのに何で…」
私が紀伊国屋に到着したと同時に、
「閉店ね」
「そうね」
そうね、と吐いたと同時に膝から崩れ落ちてしまった。
「あんた、みっともないわよ」
「だって、」
「だってじゃないわよ、ほらいくよ」
私は、意識もうろうとするなかマルガリータに連れられ見知らぬ場所に来ていた。
「ここって」
「ええ、歌舞伎町よ」
「来てしまった」
そこには、目がちかちかするほどの看板が広がっていた。夜の街、歌舞伎町。私の人生の中で、出会ったことのない容姿の人々が溢れかえっていた。
「なんという街だ」
「最高じゃない」
私たちは近くの、公衆トイレの中で着替えることにした。
「また、えらい高そうなふくだな」
「やっぱり、ドレスコードは大切だと思うのよ」
「きらびやかだ」
「奇麗よ」
「ありがとう」
マルガリータが破裂したような笑い声をあげた。
「ぷっはhhh!」
「なによ」
「あんた、本当にかわいらしくなったのね」
「うるさい!」
私は、少しづつではあるが女の喜びというものを感じ始めていた。マルガリータの用意した化粧道具を、言われたように使い新しい私に生まれ変わっていたのだ。
「さあ、いくわよ」
「でも、七十万しかないわ」
「大丈夫よ」
マルガリータはそういうと札束の入った袋に向かい
「綺麗は汚い、汚いは綺麗」
指をかざし唱えた。それと同時に、袋がどんどん膨れ上がっていった。そして、袋が弾け公衆トイレの床に札束が滝のように溢れた。
「おいい、もういいだろ」
「そうね、これで1500万くらいね」
「使い切れないだろ」
「使い切れるわ!」
私たちは心をはずませて、夢の街に繰り出した。
「どこにはいればいいの?」
「好きなところでいいのよ」
「じゃあ、」
私は、一番最初に目に入ったホストクラブに入った。
そこから先のことは、おぼろげにしか覚えていない。万華鏡で覗いたように、世界がキラキラしていた。美しい。金を払えば払うほど、男どもがちやほやしてくれる。幸せだ、人生で初めて人から必要とされている感覚を味わった。あらゆる酒を飲んだ。シャンパン、ブランデー、ワイン。安いがビールも一緒に飲んだ。ありていに言えば…酔ったのである。四件目に入ったところで、優しく美しい男に出会った。そこは、ホストではなかった。ショッキングピンクの明かり。熊のようにでかいママ。私は濃厚な熱いキスをされた。マルガリータが下品なほほえみを浮かべ此方を覗いていた。そこからはさっぱりと覚えていない。
「んっ」
目が少しづつ覚めてきた。見慣れない景色が広がていた。わちゃわちゃした景色。体中が妙にべたつく。起き上がってみたところ、鏡に映る私は男に戻っていた。そしてその横に、あの男が眠っていた。
「は!」
声と共に頭に鈍痛が走った。こんなにも酒に酔った経験は今までになかった。
「マルガリータ‼」
「何よ…」
マルガリータは床に寝そべっていた。
「昨日何があった!」
「しっ!大きい声出すと起きちゃうわよ」
「ぐぬぬ」
「なにがあった」
「言わせないでよ」
どうやら私は、道程よりも先に大事なはじめてを失ってしまったらしい。いったいどうしてくれたものか。
「さっぱり覚えていないぞ」
「結構ノリノリだったわよ」
「いうな」
そういわれると、景色が少しずつ泡のように浮かんできた。男の息遣い、私の息遣い。たくましい体、男のにおい。瞬間的に恐怖を覚えたことを思い出す。あのような物を自分の体内に入れるとは…信じられない。破瓜の痛み。あれは二度と忘れられないだろう。しかし、男に愛されながら一つになる感覚というのは忘れられない心地よさでもあった。いけない。それよりも、どうやってこの場を乗り切ればいいのだろうか。
「どうすればいい」
「普通に出ればいいじゃない」
「着替えがない」
「魔法でちちんぷいよ」
「服を作ることができるのか!」
「無理よ」
こいつは本当に腹立たしい。
「じゃあ、どうすればいい」
「鳥になってみない?」
「は?」
そうこうしてる最中にどうやら男の目が覚め始めたらしい。私はマルガリータと共に、ホテルの窓を開けとんだ。と、後方から男の声がした。
「今井ちゃん、どうした?」
万事休す。と思っていたが窓から飛び出した私の体は浮いていいた。浮いていたというよりも、飛んでいたのだ。そう、私はマルガリータと共に二羽の鳥になったのである。
私は鳥。世界を自由にはばたく鳥。時刻は朝の九時。明るい日差しに照らされて私は、この大都会東京の上空を飛び回った。翼というものは面白い。手を動かしているようでいて、肩を動かしているようでもある。この二つには大きな違いがあることを了承してほしい。今まででは見ることのできなった景色。奇麗な部分もあり又目を覆いたくなるような部分も共存している。
自由な空の上で私は、一つのことを思いついた。このマルガリータとの冒険を記すことだ。今までのつまらない人生と違い、彼女と一緒なら今までにない新しい景色を望むことができる気がしたのである。
どの書店も、本日は空いているようだ。不思議なものだ、あれだけ試みてもどうにもならないことが、望んでいないときにこちらに振り向いている。私は、本に片思い中だ。
「なあ、マルガリータ。今日は何をする」
「そうね、賭けをしたいわ」
「ギャンブルか」
「ええ、味わったことのないスリルでぶっ飛びたいわ」
「ああ、それもいいかもな」
私たちは次の目的地に向かって羽ばたいた。
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