第二話
1
暖かな日差しを感じ少しずつ意識が覚めてきた。おかしい、ここ数年日差しどころか、この部屋から外の景色も望むことがなかったのに。段々と、昨日のことを思い出した。そうだ、部屋に帰ってきたら本が一冊もなかったんだ。あの老婆が言っていたのは、手元の本と言うわけではなかったんだ。私の所持している書物すべてに及んでいたとは。
「はぁ…。全部だと結構な値段だったんだけどな」
ん?おかしい。私の部屋はベットのあるところ以外、壁三面本棚で日差しが入ってくるはずがない。意識がしっかりとしてきた、周りを見渡すとそこにはあるべきものがなかった。
「本棚がない」
ない。書物だけではない。本棚までもない。おかしい、昨日気絶する直前はあったはずなのに。
「ああ、いらないかなって思って捨てちゃった」
お風呂場のほうから声がした。そう、マルガリータである。
「うをっ!」
そこにはあられもない姿の彼女が立っていた。
「馬鹿‼なんて恰好をしてんのよ」
なぜか女性言葉になった。
「いいじゃん、あたし入浴後は服着ない派なの」
「そういったって。私だって男だ色々思うところがある」
「見せてんのよ」
「ゴックン」
のどが鳴った。
「いいのか」
「いいわよ」
なんと美しい体なのだろうか。生まれてこの方こんなにも美しい体を見たことがあっただろうか。女性的なふくらみは言うまでもなく、その房の弾力のある張りを引き立てるくびれ。横の線から局部にかけてまでの麗しさ。足の細さ、ただ細いだけではないだろう。筋力の付き具合から脂肪の割合すべて計算されたような、見る者の美的感覚をくすぐる美しさ。そしてなんと形容したらいいかわからない二の腕‼…素晴らしい。あまりの美しさに、私の男の象徴も、衝撃にかられ震えて立ち上がれない。そして…
「生えていない」
そこにあるはずの草原が見当たらなかったのだ。
「えっち」
「すまん」
思わず目をつむってしまった。クッソ勿体ない。
「というか、おまえ霊体なんだろ。風呂入る必要ないじゃん」
「女の子にお風呂入るなって、それ死ねって言ってるのと同じよ」
「お前死んでんじゃん」
「死んでないし、魂は生きてんの」
「生きてんのか、」
「そうよ、体がないだけ」
「生命の根源は体だろ」
「人間にはわからないのよ」
「お前は人間じゃないのか」
「そうね…。悪魔っていうんじゃないかな」
悪魔…。
「そうだ!捨てたってどういうことだよ」
「ああ、本棚?だって一冊も本がないんだったらいらないじゃない」
「買うんだよこれから、また」
「買うの同じ本を又?」
「同じかどうかはわからないが、まあな」
「無駄ー」
というか、あの大きな本棚を一体どうやって処分したのだ?
「どうやって捨てたんだ」
「捨てたっていうよりわ…燃やした」
「燃やした⁉」
「分解してじゅわーって」
「燃えカスはどうした」
「窓から捨てた」
本日は、窓が大活躍のようだ。
「そんなことってありなのか」
「うん、だって悪魔だもん」
悪魔だもん…。勘弁してほしいものだ、一体俺が何をしたというのだ。あの老婆にさえ出会わなければ。悔やまれてならない。そういえば、今は何時だ。スマホを探してみたが、どうやら電池が切れているらしい。この部屋に時計はないし…。
「なあ、時間わかるか」
「七時十四分」
「よくわかるな」
「だって…」
「悪魔だもんか」
「そう!」
元気な奴だ。七時十四分かバイトまで意外と時間がないな。
「そんなことより、服を着てくれ」
「服がない」
「はあ?」
「だって昨日、着てたやつ洗ってるんだもん」
「悪魔だろ適当に出せよ」
「出せたら出すわ」
「お前にもできないことがあるんだな」
「ええ、昨日のあれも金を生み出したんじゃないんだからね」
「そうなのか」
「そうよ」
「何ができて何ができないのかよくわからんな」
「私もー」
「昨日のはどうやったんだ」
「あれは、近くの銀行に紙幣を搬入してるところを見つけたから。そこに突風を起こして文字通り、金を巻き上げたのよ」
「それって、まずいんじゃないか」
「やっぱり?」
「おい、それって問題になったりしないだろうな」
「あっはは…」
「まずいのか」
「多分ニュースになってんじゃないかしら」
「をい‼」
急いでニュースを確認しようと努めた。が、スマホの充電はない。
「そうだ、パソコン」
私は、パソコンの前まで急いだ。電源を入れて起動するこの待ち時間が少しづつ私を苦しめる。背中と脇がびしょびしょになっていくのを感じる。
「そんなに気にすること?」
「あたりまえだ、俺の名前が出ないか確認んだ」
「それは、安心してもいいと思うわ」
「なんで?」
「女の感」
なんだか急に力が抜けた。と、同時にパソコンが立上がった。
「もういいや」
そのままシャットダウンした。
「ねえ」
「なんだ」
「あんた、今日何するの」
「8時にバイトに出発する」
「作家のくせにバイトしてんの?」
「うるさい、売れてないんだ」
私は親にも後押しされていないんだ。二十代半ばの私は、バイトをしないと食い扶持をつなぐこともできないのだ。
「やめちゃいなよ」
「辞めたら生活ができない」
「あたしがいるじゃない」
「お前がいてどうする」
「あたしなら、金を集めるくらい造作はないわ」
そうだ。
「しかし、そういうことは道徳的にどうなんだ」
「楽しくいきたいんでしょ」
「ああ、」
楽しくいきたいからって、そんなずるをしてよいものだろうか。
「ああもう、男のくせにうじうじして、うざったい!」
「うざったいって…」
「そういうとこよ!はきはきしゃべりなさいよ」
「おう」
はきはきしゃべれと言われても。今までの人生でそんなことしたことがないものだから。どうも苦手である。
「あんた、これから私に付き合いなさい」
「なんで」
「あんたの辛気臭い心根を奮い立たせてやる」
「いらんおせっかいだ」
「あんた、面白い人生を送りたいんじゃないの」
「うっ」
そうだこのまま拒んだら今までと、ちっとも変わらない。それをやめるために、あの老婆に莫大な資産をなげうったのだ。
「わっかった…」
「大きな声で!」
「わっかった!」
「それでいいのよ」
面倒くさい女だ。こいつと出会ってからカロリーを倍以上消費している気がする。
「で、何をするんだ」
「今日は…」
「今日はって。まさか何日もやるつもりか?」
「ええもちろん」
「いつまで続けるつもりだ」
「あんたがいい男になるまで」
「いい男になるまでって、おまえの主観じゃないか」
「そうよ」
「おまえがダメだと思ったらずうっと続くのか」
「そうよ」
「まじか」
「まじよ」
「はあ…」
さらば、私の平凡な日々。
「そうだ、今日は買い物にしましょう!」
「お前の服か?」
「それもだけど、あんた本買いたいんじゃないの」
「買いたい!」
「それは元気なのね」
「本は酸素であり、水であり、食事だ」
「じゃあ、バイトはキャンセルね」
そうだ、バイトを忘れていた。
「悪い、バイトが今日一日入っているから無理だ」
「辞めればいいじゃない。何言ってんのよ」
「お前が何言ってんだよ」
「金は宝くじでも当てて見せるわ」
ふむ、魅力的な話だが…。
「バイト先には迷惑かけたくないんだ」
「安心して私が何とかしてあげる」
「何とかしてあげるって」
「誰かに電話してみ」
「なんとかって…」
と言いながらも、私はバイト先の後輩に電話してみた。サンコール後
「もしもし」
「もしもし、急にごめんね」
「大丈夫っすよ、今井さんどうしたんですか」
「今日バイト変わってもらいたくて」
「先輩何時からかっすか」
「九時」
「九時?いや流石に…」
と言った瞬間。マルガリータが叫び始めた
「ああああああ”!」
「どうした!」
「生まれる!!!」
「はあ、何言ってんだよ」
「救急者呼んで、急に動き始めちゃって。早くしないと生まれちゃう」
「今井さん!大丈夫っすか」
「ああ、急に叫び始めて」
「もしかして、女性ですか」
「ああ、」
「今井さん、そういうことなら自分変わるっす。そんな状態の女性をほおっておいて、バイトなんてしちゃだめっす。じゃ!」
といって、電話が切れた。
「おまえ…」
「すごいでしょ!」
私は、顎が外れそうな衝撃を受けた。
「悪魔関係ないし」
「やってることが。悪魔的でしょ!”」
流石のポジティブである。
「明日からはどうするんだ」
「ちょっとまちな」
そう言うと同時、バイト先のlineグループが暴れ始めた。
「なんだ」
「見てみって」
そこには、私への出産祝いの言葉や、応援しばらくバイトに出なくていいという温かい思いがこもっていた。
「恥ずかしい」
「でも、これでバイトに行かなくてすむでしょ」
「確かに…」
「そういやあんた、今井っていうの」
「ああ、そういえば自己紹介してなかったな。今井来善、25歳。よろしく」
「あたしは、マルガリータ。よろしく!」
これから、新鮮で楽しい日々が続いていくのだろうか。マルガリータ。この女に私は耐えていくことができるだろうか。いや、変わるのだ面白い人になるのだ。今からでも人生を変えると決意したのはずではないだろうか。私は、気合を入れて立ち上がった。
「よし」
「お、やる気になったのね。じゃあ、さっそく…」
「お風呂に入ってくる」
2
お風呂上りに自分の着替えと一緒に、マルガリータに服を貸した。男物しか持っていなっかった為、あられもない姿になっている。パンツはどうにかなったが、上だ。上の下着がどうにもならんのだ。上の下着とは語義矛盾みたいで面白いな。
「なあ、そんな恰好で出歩いて恥ずかしくないのか」
「周りには見えてないし」
「そういうものか」
「それに…」
「それに?」
「こういうのも結構気持ちい」
「はあ」
私たちは今、デパートメントに向かっている。私が住んでいる西荻窪は古本屋さんがたくさんあるのだが、本日はどこも定休日のようだ。
「おかしいな」
「なにがよ」
「いつもは、どこの古本屋さんもやっていたんだ」
「気のせいじゃない?」
「そんなはずないんだが」
「まあ、いいじゃない新宿駅付近ならなんだってあるわよ」
中央線に揺られながら。私たちは今日の予定を立てていた。私は思うのだ、東京都において一番大事な鉄道は中央線か総武線だと。特に中央線沿線上は、沢山いい古本やがある。
「新宿ルミネでいい」
「ああいいぞ」
新宿ルミネなんて私は始めて入る。いつも駅を利用するときはできるだけ人と目を合わせずに紀伊国屋に向かう。
「あ、ダメだ」
「なんで」
「外から見たら私が一人で女服を見ていることになるじゃないか」
「そうね」
「断固反対させてもらう」
「いいじゃないの、皆気にしないわよ」
「俺が気にするの」
というか、イヤホンをつけて一人でしゃべっている今の私も十分気持ち悪い。
「なあ、これ一人でしゃべってる俺気持ち悪くないか」
「大丈夫よ。あんたぼそぼそしゃべってるから問題はそこじゃないわ」
地味に傷つく。
「なあ、どうにかならないか」
「そうね…」
「悪魔だろ、外見を換えるとかどうにかならんか」
「それ頂き」
「出来るのか」
「もちよ」
といっても、こんな電車の中ではどうにもならないだろう。
「トイレかどっかによるか」
「トイレじゃダメじゃない」
「なんで?」
「あんた、男子トイレはいるでしょ」
「うん」
「出てくるときは母音母音の女の子よ」
「確かに」
母音母音(ボインボイン)の女の子ってことは、
「なあ、周りからはお前に見えるってことか」
「いいえ、今日だけ体が完全に私と同じになるの」
「私が女になるというのか」
「刺激的でしょう!」
刺激的というか…
「刺激的すぎる!」
確かにマルガリータの外見なら気にはされないだろうが。緊張しすぎて、正常なはんだができない気がする。
「ついたわよ」
新宿駅、地方から来た人は必ず地上に出ることができなくなる、近代迷路。エスカレーターを使いルミネのエレベーターの前に来た。
「なあどうする」
「変身のことよね」
「ああ」
「一瞬停電させるは」
「そのうちにってことか」
「YES]
「まじか」
「まじよ」
流石悪魔なんでもありだな。
「綺麗は汚い、汚いは綺麗」
と、いきなり視界が暗闇に包まれた。
「キャー‼」
周りから悲鳴が上がった。急に視界が奪われるという行為はかなりの恐怖だ。人が溢れんばかりにいるため、暴動のような状態になった。
「まずいんじゃないか」
「大丈夫よ」
明転した。
「ついた」
「でしょう」
ピンポーン。エレベーターが来た。多分、エレベーターに閉じ込められた人はかなりの恐怖であったろう、心からの謝罪を送りたい。エレベーターの口が開いた。まるで、大きな口が呼吸しているようだ、吸い込んだ空気(人)を思いきり吐き。吐いた分を吸うように、私たちは飲み込まれていった。
「あ!」
エレベーターの鏡に映る景色に驚いた。そこに映る姿それは、野暮ったい成人男性ではなく。麗しのマルガリータであった。
「どう、かわいいでしょ」
「ああ、」
「驚いた?なんか言うことがあるんじゃない」
「そうだな、一つだけ言いたいことがある」
「ほら言ってみ」
「服、作れんじゃん」
私は、フリフリのワンピースを着ていた。
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