第4話 ロシア人が毎日ご飯を作りに来るようになった件 後編 (と、いうよりも、毎朝味噌汁を作りに来るなどと供述している件)


 さて、リーリヤの作ってきた料理はバッチバチの家庭料理だった。


 肉じゃがにブリの照り焼き、それに自家製ドレッシングのサラダに味噌汁。


 見た目も香りも完璧なソレに、俺は一口ずつ口をつけていく。


「……」


「……」


 で、おっかなびっくりという表情で俺の様子をリーリヤは伺っている。

 

 味噌汁だけを残し、最後に俺は米にも一口手をつけた。そして――

  

「ぶっちゃけ美味い」


「……本当ですか!? 嬉しい!」


「ああ、同年代が作ったとは……ちょっと信じられないくらいに美味い」


「本当の本当ですか!?」


 太陽のように眩しい笑顔に、俺は大きく首肯と共に返答した。


「俺は良くも悪くも感想は素直に言うからな」


 そこでリーリヤの動きが一瞬だけ止まった。


 嬉しいような、恥ずかしいような、それでいて不満なような。


 様々な感情がごった煮になったような感じで、そんな表情で俺をじっと見据えてくる。

 どうにも、彼女としては色々と思うところがあるらしい。


 


「しかし、どうして和食なんだ?」


「と、おっしゃいますと?」


「いやさ、お前の家って和食派なの? 家族全員ロシアの人でそれは無いだろ?」


「はい、おっしゃるとおりに全然そんなことないですよ? そりゃあ、たまには出てきますけど」


「ならさ……ロシア料理なら、ボルシチとかピロシキとか色々あるだろ? あんま詳しくないから知らないけどさ」


「……まあ、今回は貴方にリベンジするためなので」


「ふーん……」


 と、そこで俺は味噌汁に口をつけてみた。


「……あ、これめっちゃ美味い」


 自然とそんな声が漏れてしまった。

 その言葉で、リーリヤは向日葵のような笑顔を咲かせた。


「化学調味料無しで、カツオブシから出汁を取りましたから!」


 うーん。

 これは本当に美味い。


 そもそも最近は味噌汁なんて飲んだ記憶が無いし、飲んだとしてもレトルトの奴だからな。


 五臓六腑に染み渡るとはこのことだ……。


「しかし、3食コンビニ弁当やら菓子パンやらカップラーメンやらだったから、久しぶりにまともなもの食べたよ。ありがとう」


「……え? 三食……? それは健康に悪いですよ?」


「つっても、料理とかは面倒の極みだしな。最近は食べるのすらも面倒で朝と夜を抜くことも多いし……」


「……だから最近、どんどん痩せてたんですね」


「一人暮らしの男は、太るか痩せるかのどっちからしいからな。母さんが生きてたらその辺りはキチンとしてくれてたとは思うけど」


 と、そこで俺は再度味噌汁に口をつけた。


「しかし、本当に美味い」


 そうして、大きく頷いてから俺はこう言ったんだ。




「毎朝、この味噌汁を俺に作って欲しいくらいだ」




 ギョっとした風にリーリヤは大きく目を見開いた。

 そして少しの間だけ目と目が合ったが、彼女は真っ赤になってサっと目を逸らした。


「……」


「……」


「……」


「……」


 しばしの沈黙。

 その間、リーリヤは明らかな動揺と共に、しばらく目を泳がせていたんだが、突然「あっ!」と、何かに気づいたかのような表情を作り、恐る恐る……という風に俺に尋ねてきた。


「ええと……失礼なことを聞きますけど、ひょっとして……ひょーっとしてですけど……リョータさんって誰にでも……あの、その、えと…………可愛い……とか、そういうことを言う人だったりします?」


「誰にでもそんなこと言うわけないだろ?」


「……」


「……」


「……いつも私に言ってるようなことは冗談とかじゃないんですよね?」


「ああ、素直な感想だ」


 そうして押し黙り、彼女は小さな声で異国の言語を発した。




『……なら、本気にしちゃいます』





「何て言ったんだ?」


「……教えません」


 そうして彼女はニコリと笑ってこう言ったんだ。


「……じゃあ、そういうことで、明日から毎日……朝にお味噌汁を作りに来ますから」


「え?」


 今度は俺が動揺する番だった。

 ある種の覚悟を決めたようなリーリヤの眼差しに、目を合わせることもできず、思わず俺の目は泳いでしまう。

 

「……」


「……」


「私の作ったお味噌汁を毎日飲みたいんですよね? それとも……ご迷惑ですか?」


「いや、全然、迷惑じゃないけど」


 予想外の切り返しに、俺は勢いでそう言ってしまった。

 まあ、後になって冷静に考えた結果でも、どう考えても全然迷惑ではなかったので、結局のところ――結論は落ち着くべきところに落ち着いたということなのだけれど。





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