第3話 ロシア人が毎日ご飯を作りに来ることになった件 前編



 外ではシトシトと秋雨が降り注いでいる。

 さて、時刻は夕方の4時58分。

 最近はめっきり冷え込むことも多くなり、この時間には夕日も半ば落ちているような感じで少し薄暗い。

 と、そんなことを考えながら、そろそろリーリヤが宣言した時間だな……と、俺はスマホをテーブルにコトリと置いた。


 はたして――。

 俺のスマホが5時になったと同時に、ピンポンと呼び鈴がなった。


 ドアの前で待っていて、時間をキッチリ測って家まで来たのだろうか?


 本当に真面目だな……と、苦笑しながらドアを開くと、そこにはスーパーの手提げ袋を掲げて制服姿でズブ濡れのリーリヤが立っていた。


「どうしたんだよお前?」


「買い物帰りに急に雨が降ってきて……」


「いや、一旦家に帰って着替えてくれば良かっただろ?」


「それが……」


 そう言うとシュンとした表情でリーリヤは肩を落とした。


「両親は共働きなんです。それで、今日は家の鍵を忘れてしまって……」


 良く見ると、リーリヤは濡れた体を冷やしたのか体が酷く震えていた。


 こりゃ不味いと思いながら、俺はリーリヤにこう問いかけた。


「まさかとは思うけど、お前……その状況で馬鹿正直に外で待ってたりしてないよな?」


「……時間を外せばご迷惑と思って……待ってました。30分ほど」


「馬鹿野郎」


 俺はリーリヤの腕を迷わず掴み、すぐに風呂場へと連れていく。


「とりあえず体を温めろ」


 そうしてシャワーの使い方を教えて、その場から立ち去ったのだった。




 ☆★☆★☆★





 それからしばらくの後――。

 俺の寝巻を着たリーリヤは、バツが悪そうにリビングテーブルを挟んで熱いお茶を飲んでいた。


「……」


「……」


「……」


「……俺の服しかなくて悪かったな。母さんが生きてたら、その服を出せたんだろうが……」


 ブッカブカの上下スウェット姿のリーリヤに、俺は本心からの申し訳なさと共にそう告げた。


「……いえ」


「ところで――」と、俺はリーリアの頭の上に視線を向ける。


 と、言うのもそこには髪をまとめて丸めた……お団子ヘアーが二つちょこんと乗っかっていたのだ。


 ロシアの民族衣装よりも、チャイナドレスの方が似合うんじゃねえか……と、そんな感じの髪型になっている。


 ってか、童顔なのと小柄なことも合わさって、より子供っぽく見える感じだ。


 そこでリーリヤは慌てた様子で手をバタバタとさせた。


「や、や、やっぱり変ですか? 髪の毛ボサボサになっちゃってたし……とりあえずまとめてみたんですけど」


「いや、可愛い」


「……」


「……」


「……最近、思うところがあり、時折に発せられるリョータさんの突然の刺激的な言動についていつも考えているんですが……」


 そうして彼女は俺の顔を覗き込むように見据え、真顔でこう言ってきた。


「ひょっとして、私をからかってます?」


 なので、俺も真顔でこう返した。


「からかってない」


「……そうですか」


「……」


「……」


「ところで、俺の寝巻で本当に大丈夫か? とはいえ、代替案が親父の寝巻という残念な状況ではあるんだが」


「……まあ……リョータさんの服を着るのは……嫌じゃ……ないです。ただ――」


「ただ?」


「とっても大きくて、何だか落ち着かないです」


 手足の裾が余りまくった大きなスウェットだからな。


 お団子ヘアーとあわさって、もう完全に中学1年生か2年生くらいにしか見えない。いや、下手すりゃ小学生でも通用するかも……。


「あ、でも……この服……ずっとお家に置いてるからかもしれないですけど――」


 と、リーリヤは何が嬉しいのか、わずかに頬をほころぼせながらこう言ったんだ。


「リョータさんの香りがします」


「ん? 臭かったか? ちゃんと洗ってるはずなんだがな……」


「……だから、嫌ってワケじゃないんですって」


「……」


「……」


「……そうか」


「……そうなのです」


 と、そこでリーリヤはお茶を飲み干すと立ち上がり、スウェットの裾を捲り始めた。


「ん? 急にどうした?」


「そろそろリベンジさせてくださいってことですね」





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