第2話 イジメから助けたロシア人が、ウチに料理を作りにくるようだ

 あれから――。


 3週間ほどしたある日、相も変わらずリーリヤは一人ぼっちだった。


 っていうか、俺もめんどくさい性格のせいでぼっちなんだけどな。


 それはさておき、リーリヤに対するイジメは完全に収まったようだ。


 それなのに、何故に彼女がぼっちかと言うと……何のことは無い、近寄りがたいだけなのだ。


 日本はムラ社会であり、更に言えばここは都会ではなくどっちかというと田舎に分類される規模の街だ。

 異質なモノを遠ざける傾向がある日本人にとって、やはり彼女はいささか眩しすぎる……そういうことなのだろう。


 それは、彼女が小学校の時に、日本に転校してきた時から何も変わらずに。


 ちょっとした何かのきっかけがあればムラ社会特有の外壁が崩れて、屈託なく打ち解け笑いあえるようなことになるかもしれない。


 けれど、彼女は引っ込み思案で、自分から誰かに話しかけたりするようなタイプでもない。


 そんな感じで彼女は遠い異国の地で、10年近くもずっと孤独に生活してきているのだ。


 と、そんなことを考えていると――キンコンカンコンとベルの音。


「さて、飯でも食うか」


 お気に入りの中庭のベンチか、たまには趣向を変えて屋上か。


 そんなことを考えながら、俺は購買に菓子パンを買いに欠伸混じりに歩き始めたのだった。




 ☆★☆★☆★




「料理のリベンジ……させてもらえませんか?」


 リーリヤがそんなことを言い出したのは、俺が屋上でメロンパンを頬張っている時のことだ。


 いつものように小動物的な動きで俺のところに向かってきたリーリヤは、開口一番にそんなことを言い出したのだ。


 どうにも、彼女は前回俺が「ぶっちゃけ不味い」と言ったことで料理熱に火が付いたらしく、日夜研究と練習に打ち込んでいたそうな。


 塩と醤油と砂糖と味醂と酒、基本的な調味料の使い方から始まり、出汁の取り方、更には魚の三枚おろしまでこの短期間でマスターしたらしい。


 勿論、基本的なレシピもかなりの数が頭の中に入っているというのはリーリヤの淡だ。


 形から入るのが彼女の流儀のようで、あの日の翌日には料理教室に通い始めたというのだから驚きだ。


 しかし、毎日料理教室って……。


 勉強するにしても料理本やらネットでやれば良いだろうに、本当に真面目だなぁ……、と俺は呆れて大口を開いてしまった。


「リョータさんって私と同じマンションで独り暮らししてるんですよね? 是非、台所を借りさせていただいて、リベンジさせてくださいっ!」


 言われた通りに、俺の母親は昔に他界したし、父親は単身赴任で東京だ。


 爺ちゃん婆ちゃんは九州の方にいるし、高校生なら大丈夫だろってことで、確かに今、俺は一人暮らしをしている。


「いや、しかし……俺の家に来なくても良いんじゃね? この前みたいに弁当とかさ」


「ダメなんです」


 フルフルと首を振るリーリヤ。


 白い髪から流れてきた微かに甘い香りを感じながら、俺はリーリヤにこう問いかけた。


「ダメとは?」


「料理はやっぱりあったかいうちじゃないと美味しくないんです。これだけ練習したのに「ぶっちゃけ不味い」とか言われると……私も浮かばれません」


 まあ、気持ちは分からんではない。


 しかしなあ……と、俺は溜息をついた。


「一人暮らしの男の家に来るってのは、さすがに不味いだろ?」


 そこでリーリヤは口を押えて「あっ」と息を呑んだ。

 

 どうやら、俺にリベンジすること以外には考えが及ばず、そのあたりは想像もしていなかったような様子だ。


「あ、そっか……一人暮らしの男の人のおうち……確かに……」


「学校で噂になったりしても面倒だろ?」


 そこでリーリヤはシュンと肩を落として、長いまつ毛を伏せる。

 信じがたいくらいに整った顔を彩る白いまつ毛に、西洋人形のようだな……と、そんな感想を抱く。


「そうですよね。リョータさんも……私と噂になるなんて……迷惑ですよね? 嫌……ですよね?」




「いや、お前となら別に噂になっても良いけどさ」




 大きく目を見開き、リーリヤの白い肌が瞬時に朱色に染め上げられていく。



「……」


「……」


「……」


「……」


「……イジめないで……ください」


「ん? イジめてないぞ?」


「し……心臓に……悪い……ので」


 真っ赤な顔。

 消え入りそうな声でそう言うリーリヤに、俺は「はてな」と小首を傾げる。


「……えーっと、つまりリョータさん的には問題ないわけですよね?」


「いや、お前的に問題あるだろ?」


「まず、同じマンションなので学校の人に見られるとかはないと思います」


「でも、男の家に一人で来るってのは……」


 そこでリーリヤは何が可笑しいのかクスクスと笑い始めた。


「リョータさんは私に何か……あの、その……何というか……変なこととかはしないでしょう?」


「そりゃあ、まあな」


「なら、問題ありません」


 一点の曇りがない返事だった。

 えらく信用されているようだが、こいつのその自信はどこから来るのだろう。

 と、それはともかくリーリヤはニコリと笑ってこう言ったのだ。


「それでは明日、夕方5時頃にお邪魔しますので」 


 どうやら、そういうことになったらしい。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る