ロシア人が毎朝味噌汁を作りにくるんだが、ロシアといえばボルシチなので国籍詐称しているのではと俺は疑っている(ただし、日本人でも毎朝味噌汁を作るのは特別なことだと気づかないフリをしている主人公だとする)

白石新

第1話 イジメから助けたらロシア人がお弁当を持ってきた



 さて、俺の高校のクラスには真っ白な女の子がいる。


 どこの国だったか忘れたが、北欧出身で瞳は青い。


 両親の仕事の関係で、小さいころから日本に住んでいるので、日本語はそれはそれは流暢だ。


 で、普通だったら髪は金髪だったりするんだろうが、この娘の場合は銀髪を通り越して――


 

 ――白色だ


 

 アルビノっていう体質らしく、生まれつき全身の色素が薄いんだとさ。


 で、顔は物凄い可愛いんだが、性格が彼女の胸に似て、とにかく控えめで大人しい。


 人畜無害と言えば聞こえは良いけど、恵まれすぎた彼女の容姿はただそれだけでいささか目立つ。

 高校中の男の注目の的とはいえ、人間離れした美しい容姿と、やはり日本人とは違いすぎる身体的特徴から、浮いている……というか、浮世離れした感じがあるのでどことなく近寄りがたい雰囲気もあった。

 

 結果、彼女は遠い異国の地でぼっちとなった。


 それも彼女が日本に来た小学校低学年の頃からずっとだ。


 そして、高校生になって、色々と捻じ曲がった性格の人間も出てくるわけで、彼女が高校中の男子の注目を集めている……当然ながらそれが気に食わない女連中も出てくるわけだ。


 最初は色が白いからシロコっていう変なあだ名がつけられての陰口。

 無論、リーリヤは何も悪いことはしていない。

 んでもって筆箱や上履きが無くなることがあったり……で、最後はコレだ。


「しかし、シロコが交通事故で死んじゃうなんてねー」


「供養のために……シロコの花瓶と花を買ってきたよ」


 手の込んだ奴らだなあ……と、朝の教室で俺はリーリヤをいつもイジメている白黒ギャル……オセロみたいな二人組を眺めていた。


 まあ、要は本人がいるのに机の上に花瓶を置いて、お葬式ヨロシクっていう嫌がらせだ。


 リーリヤは何が起きているのか分からず、ただただその場で青ざめた表情を作っている。


「ほんと、シロコだったら天国にいけるよね」


「うん……あの子は良い子だったから」


 と、そこで状況を把握したらしいリーリヤは、ただただどうして良いか分からないとばかりに、オドオドと周囲を見渡した。


 が、誰も彼女を助けはせず、彼女は怯えた風に、震えて椅子に座っていることしかできないようだ。


 まあ……コレはもうやり過ぎだな。


 陰口については噂で知っている程度で俺も手が出せなかったし、上履きや筆箱が消えたのにも証拠はない。


 なので、そこで突っかかるわけにもいわず、機会を伺っていた俺としては絶好のチャンスでもある。


「お前等、ちょっとそれはやりすぎじゃね?」


「あ? 何よタカハシ? 文句あんの?」


「大アリだスカタン。朝から人に陰湿な現場を見せんじゃねえよ、気分悪くなるんだよ」


「ハァ? ウチらテメエに迷惑かけてねーじゃん? 絡んでこられてマジでウザいんですけどー?」


 と、そこで俺はスマホを取り出した。


 で、さっきからの一部始終を撮影していたものをオセロの二人に突き付けた。


「動かぬ証拠ってヤツなんだけど?」


「……ハァ?」


「精神的暴行でも傷害罪を問えるって知ってるか?」


「…………ハァ?」


「それと、リーリヤの筆箱の件だが、お前等がコイツの机から盗んだのもバッチリスマホに入ってる。それって立派な窃盗だよな?」


 ちなみに、筆箱の撮影は嘘だ。現場を押さえちゃいねえしな。

 そこで、俺の言わんとすることを察したオセロの二人は顔を真っ赤にして声を荒げた。


「そのスマホを持って学校にチクるっての?」


「アンタにそんな度胸あんの? ウチの彼氏ってかなり怖いんだけど?」


 そう言われた俺はフルフルと首を左右に振った。


「学校には言わない」


「え? ビビっちゃったの? はは、マジでウケるー!」


「度胸ないんだったら最初から突っかかってこないで欲しいんですけどー!」


 そうして俺は息を軽く吸い込んで、こう断言した。



「俺が証拠を持っていく場所は学校じゃなくて警察だ」



 その言葉で、二人は瞬間でフリーズに陥った。


「何……言ってんのアンタ?」


「いや、イジメをチクるにしても学校でしょ?」


「お前等こそ何言ってんだ? 犯罪が行われてんだったら、報告すべきは学校じゃなくて警察だろ?」


「……え?」


「警察って……アンタ……そんな大げさな……」


 俺の言葉に、二人は固まったまま大きく目を見開いた。


 っつーか、常々不思議だったんだが、やりすぎたイジメって普通に犯罪なんだよな。


 自殺とか死人も出てる事件もあるし、どうして学校の中で犯罪を処理するのか俺には理解できん。


「傷害罪は非親告罪だ。それと窃盗は親族関係がない場合はやっぱり非親告罪。調べる調べないは警察の勝手だが、俺は証拠付きで警察に行くつもりだ」


「ちょっ……アンタ……何言ってんのマジで」


「え? どうすんのキョーコ? こいつ、なんかやたら詳しそうだよ? 難しそうなことばっか言ってるしっ!」


「そ、そうだ! アンタ調子に乗ってると、ウチの彼氏に言ってボコってもらうから――」


「はい、脅迫罪な」


 これはスマホでガッツリ撮っていた。


 呆れるほどにバカすぎて、俺は思わず笑ってしまった。


「えーっと、仮にお前の彼氏が俺のところに来るとしよう。そりゃあまあ、荒事に慣れてない俺は良いようにボコボコにされるだろうな」


「……そうだよ! ウチら舐めてたら――」


「そして俺はその足で病院に行って医者に診断書を書いてもらって、弁護士のところに行く。で、そのまま親と一緒に警察に行くことになる」


「……え? 弁護士って……」


「刑事罰は当然として、民事でもお前等を徹底的に追い詰める。なあに、加害者と被害者も簡単に特定できる案件だ、裁判まで手こずることは何一つないわな。ただ一つだけお前等が罪に問われないとすれば――」


「問われないとすれば?」


「証拠を残さずに俺を殺して山にでも埋める以外にない」


「殺すって……」


「そこまでやる度胸はあるか? まあ、ないわな?」


 と、そこで俺はパンと掌を叩いた。


「で、どうする? 俺としては揉め事も嫌だし、今後2度とクラス内で陰湿な行動はしないと約束するなら水に流しても良いんだが?」


 二人は顔を見合わせる。


 そして俺はトドメの一撃を繰り出した。


「もう分かっているとは思うが……俺と絡むと、とてつもなくめんどくさいぞ?」


 そのままオセロの二人は無言で自分の席に戻ろうとする。


 そうして、俺は去り行く二人にこう言葉を投げかけたのだ。


「俺個人としては水に流してやるが……」


「何、まだなんかあんの? もうほんとにアンタ面倒くさいんですけど……」


 と、そんなことを言っているが、顔色に覇気がない。


 ただの遊びのつもりが本当なら大火傷につながりかねないことだったと理解してくれたなら、俺としても嬉しい限りだ。


 ま、こういう時にとことんまでやるという意思表示って、やっぱ大事だよな。


「ってことで、俺からじゃなくて、リーリヤに訴えられないように、ちゃんと謝っとけ」


 そのまま、リーリヤに頭を下げていた。

 

 悔しそうな感じで、若干気に食わない表情だったのはこの際不問だ。


 奴らとしても、いくらなんでもこれ以上やるくらいのアホじゃないだろう。


 そして、ごめんなさいをされるリーリヤは――


「あ、え、う………………………………え?」


 と、急転直下の解決に、目をパチクリとさせていた。


 これにて、一件落着だ。


 


 




 その日の放課後――。


 一人で下校する俺に、リーリヤが声をかけてきた。


 ちっこい上にトテトテと走ってきたので、どこか小動物を思わせるような動作だな。


「あの……えと……その……」


「どうしたんだ?」


「どうして……私を助けてくれたんですか? みんな、イジメは見てみぬフリだったのに」


 しばし考え、俺はリーリヤを真っ直ぐに見据えてこう言った。


「可愛いから」


「ふえっ!?」


 スズメがチュンと鳴いたような声だった。


 夕暮れの日差しがリーリヤの白い髪を赤く染める。


 そして、リーリヤの自体の顔も真っ赤な顔となっている。


 何もかもが赤く染まった中、リーリヤはしばし無言でその場で佇むことになったのだが――


「……」


「……」


「……」


「……」


「と、とにかく助けてくれて、あ、あ、あ、ありがとうございましゅたっ!」


 あ、噛んじゃった。


 まあ良いやと苦笑しながら、俺はリーリヤに言った。


「……普通、そこで噛むか? 面白いなお前」


「いえ、あの……その……そんなこと言われたのは初めて……なので。ビックリ……してしまって」


「そうか。逆に、そういうことをお前が誰からも言われたことがないという事実に俺はビックリするけどな」


「……」


「……」


「……」


「と、とにかく助けてくれて、あ、あ、あ、ありがとうございましゅたっ!」


 あ、また噛んだ。


 それだけ言うと、リーリヤは逃げるように小走りでその場を後にしたのだった。


 そしてやっぱり――



 ――それはトテトテと、小動物的な動きだった。










 翌日の昼――。


 高校の中庭のベンチで菓子パンを食べていると、トテトテという効果音と共に走ってきたリーリヤが、俺の前にちょこんと立った。


「何だ?」


「あの……その……えと……」


 そうして彼女は一大決心したような顔で、俺に小包を渡してきた。



「お、お、お、おべんと作ってきました!」



「え? 何で?」


「お礼ですっ! いつも……リョータさんがお昼は菓子パンなのは知ってるので!」


 有無を言わせない感じで断言されてしまった。


「しかし、お前……正気か?」


「正気とおっしゃいますと?」


「いや、昨日のオセロとのやり取りで分かったと思うが、俺って相当めんどくさいぞ? 自覚もあるし」


「ん-……確かにそれはそうかもですけど、イジメを見かねて助けてくれたんですよね?」


「そりゃあそうだけど」


「だったら、めんどくさいけど優しい人です。問題ありません」


 んっと、リーリヤは小包を俺に渡してきた。


 で、小包を受け取った俺は可愛らしいナプキンを開いて、これまたちんまりとした可愛らしい弁当箱を開けてみた。


 ハンバーグにウインナーに野菜炒め。

 見た目的には普通だが……と、パクっと一口食べてみる。


「ぶっちゃけ不味い」


「酷いですよー!」


 涙目になったリーリヤだが、彼女は残念そうにこう呟いた。


「まあ……味見したので知ってますけど」


 そのままリーリヤは俺から弁当箱を取り上げようとして、ひょいっと俺はその手を避けた。


「いや、食うよ」


「何でですか? 不味いのでは?」


「食べ物は粗末にするなって死んだ母ちゃんに習ったからな。ってのは冗談で――」


 と、一呼吸置き、俺は息を軽く吸い込んでからこう言葉を続けた。



「お前が可愛いから」



「ふえっ!?」


 やはり、スズメがチュンと鳴いたような小さく綺麗な声だった。


「……」


「……」


「……」


「……」


「再度言うけど、可愛いから」


「ふえっ!?」


 そして、顔を真っ赤にしてリーリヤは黙り込んでしまう。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


 30秒くらいは経ったか、ここで二人が黙り込んでも仕方ない。


「ちなみにこれ……何時に起きて作ったんだ? 全部手作りだろ?」


「徹夜です」


「徹夜っ!?」


「ええと、なにせ……誰かにおべんとを作るのは始めてだったので。リョータさんはいつもお昼にパンを食べているのは知っていたので……まずは栄養バランスの基本から始めまして、炭水化物とタンパク質と脂質の配分から考えて、メニューが決まった時には朝の2時でした」


 真面目だなぁ……。


 と、疲れているようなリーリヤの顔色の原因を知り、俺はアハハと苦笑するしかなかった。


「まあ、リョータさんは私の恩人ですから」


「それだけでそんな頑張れるもんなの?」


「頑張るというか、人に何かしてもらったら、全力でお返しするのは当然のことと思いますが?」


 小首を傾げ、リーリヤは真顔でそう言った。


「何て言うかお前さ……」


「はい、何でしょうか?」



「――心も白いのな」



「それって褒めてるんですか?」


「可愛いって言ってるんだよ」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……んん……もうっ! 本当にめんどくさい人ですね!」


 そう言うと、リーリヤは顔を真っ赤にして頬を膨らませる。


 そして最後に、天使のようにニコリと笑ったのだった。





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