悪役令嬢ははずれの森に入る(2)
はずれの森で戦うには、元々オーバーキルな編成だった。
カイとダニエルは実践を重ねる毎に敵を倒す速度も上がっていき、ユーリ達の補助無しでも敵を倒せるようになった。
とはいえ、歩き続けているだけでも疲労は溜まる。リーダーのレオンが絶妙なタイミングを計り、休憩を挟む。その間、アンネは
ヒールをかけ終わるとアンネの視線がカイから外れ、レオンと合いそうになる。さりげない動作で視線を逸らした。
ユーリの姿が目に入る。何故か満足げにアンネを見ていた。
アンネとユーリの関係は未だにつかめない。以前から気にはなっていたが、聞いてしまうと藪蛇になりそうで聞けないでいる。レオンは湧き上がってきた好奇心を振り払うように首を横に振ると立ち上がった。
皆もレオンに倣って立ち上がる。
カイとダニエルの連携がスムーズになり、アイコンタクト無しでも互いのタイミングを計れるようになった頃。後少し進めば折り返し地点に着く、という所で最後尾を歩いていたユーリの足が止まった。
気配で距離が開いたことに気づいたレオンも立ち止まり、振り返る。
「ユーリ、どうした?」
「今――の声が聞こえたような……いや、何でもない」
周囲に目を向けるがそれらしい姿は視認できない。
ユーリが小走りでレオンに追いつくと一同は再び歩き始めた。
しかし、今度はエーリヒが足を止めた。その表情は険しい。
「気のせいかと思ったが……この先はまずい。速やかに、静かに、来た道を戻ろう」
エーリヒが担任としてレオンの指示を待たずに判断を下す。
その表情からは珍しく余裕が消えていた。レオンはすぐさま頷いて静かに指で来た道を示す。皆が踵を返したところで、複数の何かが足元を駆けていった。小動物や、小さく比較的温厚な魔獣達だ。
背後から尋常ではない馬の鳴き声が聞こえてくる。メンバーの数名が思わず立ち止まり顔を強ばらせた。
ユーリはレオンの肩を叩くとアンネを手招きして二人に先頭を任せた。カイとダニエルは真ん中、エーリヒとユーリが最後尾につく。
異論を唱える猶予はなかった。レオンは頷くと、アンネの背中を押して走り始める。
ただならぬ展開に、カイとダニエルの表情も強張る。自分達が真ん中にされたことに悔しさを感じながらも、今はただ先頭の二人の背中を見つめて、せめてはぐれないようにと後を追った。
ユーリは仲間の背中を見据えたまま、並走しているエーリヒに小声で尋ねた。
「グリフォン、ですよね?」
「おそらく。この森では目撃情報はなかったはずだが……」
「そうですか……」
考え事をしながらも呼吸するかのように索敵魔法を使いこないしているユーリをエーリヒは興味深げに観察していた。
しかし、次の瞬間そんな余裕すら無くなる。
エーリヒが防護壁を展開するのと同じタイミングで、ユーリは振り向きざまにダークアローを放った。
けたたましい金切り声が森に響く。続け様にダークアローを放ち、こちらに駆け付けようとしているカイとダニエルに叫んだ。
「来るな!」
カイとダニエルを視界に捉えたグリフォンが標的を変えようと首を向けた。咄嗟にユーリは足に強化魔法をかけるとグリフォンの顔横に飛び上がり、横っ面を蹴り飛ばす。吹き飛ばしは流石に出来なかったが、意識を二人から逸らすには充分だった。グリフォンがユーリへと怒りを露わにして向かってくる。
威嚇するような雄たけびを上げ、迫りくるグリフォン。 瞳が緑に輝いたかと思うと、羽を大きく広げ、無数の見えない刃が放たれた。
「亜種か」
エーリヒがユーリの隣に並ぶと防護壁を盾にして、全て防ぐ。
「私はこれでも担任なのでね。生徒だけに任せるわけにはいかない」
最もらしいことを述べながらも、その瞳には
エーリヒが懐からペンサイズの杖を取り出すと、軽く数度振る。
グリフォンがまるで弾丸に撃たれたかのように身体を何度もよろけさせた。
実際、圧縮された空気の塊がグリフォンを襲っていた。
ユーリは思わずその杖をしげしげと見つめる。
「この杖は私専用の特別製でね。これを使えば詠唱無しで魔法が使える」
「なるほど」
「おまえら、いい加減にさっさと片付けろ!」
苛立ったレオンの声と同時に魔力の塊が飛んでくる。ユーリはそれをひょいっと横に避けてかわしたが、魔力の塊は防護壁にあたり無効化してしまった。
「あ」という間抜けな声が複数重なった。
その瞬間を狙っていたかのようにグリフォンは勢いをつけると、ユーリに向かって飛びかかってきた。咄嗟に構えるが、さすがに間に合わないかと舌打ちをする。
ユーリが衝撃に備え、咄嗟に身体全身に防護魔法を纏わせた瞬間。とん、とユーリの頭の上に何かが降り立った。
エーリヒが目を見開く。
みゃ~
あまりにもこの状況に似つかわしくない鳴き声が響いた。
迫りくるグリフォンに向かって口を開くと小さな身体からは想像できない量の炎が発射された。
炎がグリフォンに触れた瞬間、まるで意志を持っているかのようにたちまち全身を包み込んでいく。
グリフォンは断末魔を上げながら、あっけなく丸焦げになり、最期はただの骨となった。コロンと緑色の魔石が転がる。
「みっ」と小さく鳴くと、ユーリの頭の上から飛び降り、トコトコと歩いて魔石を取りに行く。魔石を咥えるとユーリの足元まで戻ってきて、「褒めて!」とばかりに見上げた。
膝をついて屈んだユーリの手にコトンと魔石を落とすとその手に頭を擦り付け始めた。
ふわふわの感触にようやく我に返ったユーリが名前を呼ぶ。
「ネコ?」
「みゃっ」
名前を呼ばれた事を理解していかのように一鳴きすると、肩に乗り、今度は顔にすりついて甘え始めた。耳元でみゃーみゃー言っている。ユーリは思わず顔を綻ばせるとネコの一番お気に入りの場所を撫でてやった。
二人(正確には一人と一匹)が和やかなムードになっている中、メンバーが周りに集まってきた。何故か興奮している者もいれば、興味津々で観察している者、困惑している者、ネコに警戒している者と反応は様々だ。
その中から一同を代表してレオンが一歩前に進み、ユーリに問いかけた。
「ユーリ、それは何だ?」
ユーリがレオンを見て、肩に乗っているネコを見て、もう一度レオンを見て目を瞬かせた。口から出てきたのは一言。
「ネコだ」
レオンが怒りで顔を赤く染め、吠える。あまりの剣幕に咄嗟にカイが間に入って止めた。
「ネコってなんだネコって! 全く説明になっていないじゃないかっ!」
「と、言われてもな。ネコは魔獣で、私の使役獣だ」
「使役、ならいいのか……いや、良くないだろう! まず、それは一体何の魔獣なんだ見たこともないぞ。それに見た目に反したあの強さは何だ! 何故、それをさも当たり前のように使役している? ダメだ……理解不能だ」
頭を片手で押さえふらついているレオンをカイが慌てて支える。ユーリが「でも」と珍しく反論を口にしようとした。
レオンがゆっくりと顔を上げる。
「可愛いだろう? 私のネコ」
初めて見せるユーリの満面の笑みを前にレオンは何も言い返せず両手で顔を覆うと唸り声をあげた。
これにはさすがのアンネもレオンに同情し、ユーリの背中を叩くとそれくらいにしておきなさいと首を横に振った。
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