悪役令嬢ははずれの森に入る(1)

 午後の授業が始まる時間帯。『選抜メンバー』ははずれの森入口に集合していた。


 形式上、エーリヒが点呼をとる。皆が揃っていることを確認すると役割は終えたとばかりにレオンに立ち位置を譲った。

 中心に立ったレオンが説明を始める。


「本番を想定した編成を組んだが、今回はできる限りダニエルとカイに戦闘を任せたい。カイは接近戦、ダニエルは魔法で中・遠距離を。俺とユーリは補助に回る。エーリヒ先生は索敵とアンネ嬢の護衛を。アンネ嬢は自衛をしつつ、他メンバーの様子を見て回復してやってくれ」


 皆、異議を唱えることも無く頷いた。

 いよいよ森に入るという中、カイがチラリとアンネに視線を向ける。しかし、気づいていないのかアンネはその視線に応えることなくエーリヒに笑顔を向けていた。ただの教師と生徒にしては距離が近すぎではないかと声をあげようとしたが、レオンの声に遮られた。


「では、行くぞ」


 レオンに促され、カイが先頭を歩き始める。その斜め後ろにダニエル、真ん中にエーリヒとアンネ。その後ろにレオン、最後尾にはユーリがついた。


 はずれの森に入って、数分後。早速、エーリヒが皆に制止するよう告げる。

 ダニエルが緊張した面持ちで辺りに視線を彷徨わせる。

 カイは余裕の笑みを浮かべ、鋭い視線を周囲に向けていた。


「ここから五メートル先、スライムが五体」

「スライムとはいえ、五体か。カイ、ダニエル、油断するな。スライムには物理攻撃は効きにくい。カイがヒット&アウェイで引き付けて、ダニエルがトドメを」

「わかりました」

「ふん、今回はお前に譲ってやるよ」


 カイの鼻にかけたような物言いにダニエルは一瞬片眉をあげたものの歯牙にもかけなかった。その態度が気に触ったのカイが不快感を顕にする。


 不穏な空気を漂わせ始めるメンバーにレオンは眉根を寄せた。その後ろで見ていたユーリは冷めた表情を浮かべていた。


 カイがずんずんと先陣を切って歩いていく。余程自分に自信があるのか気配を隠そうともしない。

 ダニエルは距離が開いても急ごうとはせず冷静にその先を見つめていた。


「いますよ」


 エーリヒの言葉に釣られたかのように、ひょこっと草むらからスライムが三体現れた。カイが勇んで剣を抜く。大きく振りかぶって切りかかるが、スライムはスレスレを抜けていった。


「ちっ」


 カイの周りをスライムが飛び回りながら散らばっていく。他のスライムよりワンテンポ遅れた一匹のスライムに向かってカイは剣を突き出した。手に何とも言えない不思議な感覚が伝わってくるが、間違いなくスライムは刺さっている。

 スライムを串刺しにしたカイはどや顔でメンバーに向かって掲げてみせた。


「おい、やったぞ!」

「カイ!」


 ダニエルがカイの名を呼ぶ。カイは「何だ」と顔を顰めた。

 大人しくしていたスライムが急激に伸び、そのままカイを飲み込もうと襲いかかった。カイが驚いて目を見開く。

 目の前には緑の壁、思わずカイは目を閉じた。


 ゴォッ


 熱を含んだ風が頬を横切る。

カイが恐る恐る顔前で交差させていた腕を下ろすと、ユーリが呆れた様子で見ていた。その手からは微かに火花が飛び散っていて、何かが燃えた匂いがする。

 恐らく、スライムだろう。

 ユーリが微かに苛立ちを滲ませた声で、カイに歩み寄った。


「お前はレオンの話を聞いていたのか? その耳は飾りか? お前の役目は何だ? 言ってみろ」


 いつになく辛辣な言葉を吐かれ、カイの顔が赤く染まる。


「なっ! 聞いていたに決まっているだろう。俺の役目は先陣を切ってスライム相手を引きつけ……」


 カイは顔面を蒼白させ、口を閉じた。

 ようやく気が付いたのかとユーリが溜息を吐く。


「そう。今回のお前の役目はスライムを引きつける事だった。特に悪手だったのは、スライムをたった一体捕獲しただけで警戒を解いた事だ。他のスライムが襲い掛かってくるとは予想しなかったのか?」

「っ……」

「ユーリ、もういい。……端から話を聞く気がない者に何を言っても無駄だ」


 レオンの冷たい言葉にカイは呆然とする。レオンはダニエルに代案を告げた。


「次は俺がカイの役目を引き受けよう。いけるか?」


 ダニエルは戸惑ったものの、レオンならば安心して任せられると頷いた。それに異を唱えたのはユーリだ。


「いや、まてまて。カイの代わりは私がする。万が一、レオンが怪我でもしたらどうするんだ。とにかく、私がするから」

「何を言う。俺が王族だからという理由だったら却下だ。ユーリには殿しんがりを任せているのだから、ここは余裕がある俺が適任だ。それに、怪我のことを言うなら女のユーリが怪我をする方が問題だ」

「いや、それは」


 話が纏まらず言い合いを始めた二人を遮るようにカイが声を上げた。


「俺がやります! やらせてください! 二度と同じ轍は踏みませんからっ」


 カイが深々と頭を下げる。その表情は見えないが、声色は真剣だった。レオンがユーリに「どうする?」と視線を送る。ユーリは苦笑しながら首を傾げると、ダニエルに「任せる」と視線を向けた。


「……私は最初の通りカイで構いませんよ。お二人に任せる方が……面倒なことになりそうですし」


 レオンとユーリはぐうの音も出なかった。

 レオンが誤魔化すように咳ばらいをすると、未だ頭を上げようとはしないカイの前に立った。


「では、カイに任せる。……次は無いぞ」

「心得ています」

「なら、もう頭を上げろ。それと、もっと周りに目を配れ。そうすれば、自ずと自分がどう動くのがベストなのか見えてくるだろう」


 カイの肩を叩くと、レオンは最初の位置へと戻った。

 カイがゆっくりと顔を上げ、メンバーの顔をぐるりと見渡した。誰もカイを責めるような視線は向けていない。アンネも心配そうに見ているだけだ。安心させるように笑いかけると、同じように笑い返してくれた。


 今、気がつけてよかったとカイは思った。もし、魔王の森で同じように単身で突っ込んでいっていたらすぐに自分はやられていただろう。それだけでなく、自分のせいで王太子や好きな人アンネも危険な目に合わせることになっていたかもしれない。

 悔しいがユーリの言ったことは正しい。


「もう、いいか?」


 一同が話している間、周囲に防護壁を張っていたエーリヒが声をかけた。防護壁の向こうでスライム達が飛び跳ねて、いまかいまかと待っている。

 剣を握るカイの手に力が入るが、それも一瞬、力を抜いてゆったりと構える。

 落ち着いた様子でカイはダニエルに視線を送った。ダニエルが頷いて返す。


「お願いします」


 レオンの一言でエーリヒが防護壁を解いた。

 一斉にスライムがとびかかってくる。カイは仲間を視界の端に捉えつつ、一番スライムが密集している箇所へと躍り出た。

 横一線に剣を薙ぎ払うとスライムが四方に飛んでいく。

 飛ばされたスライムが再びカイに飛びかかる瞬間、足を強化して飛びのいた。

 ダニエルはそのタイミングを狙って、人差し指と中指の間に挟んでいた紙を飛ばす。

 短い呪文を唱えると一気にスライムが燃え上がった。

 ダニエルとカイはスライム達が消えていくのを最後まで確認すると、視線を合わせて笑みを交わした。

すぐに我に返り気まずげに視線を逸らす。


 他のメンバーはどうなっているかとぎこちなく振り向いて、……唖然とした。


 守られる側だと思っていたアンネが光魔法を纏わせた杖でスライムをタコ殴りにしてオーバーキルしていた。

 その横でエーリヒはアンネの魔法をしげしげと見つめて何かを呟いている。ユーリもエーリヒと思考が似通っているのか「オオー!」と感動していた。レオンはアンネを止めもせず遠い目をしている。

 ふと、アンネの視線とカイの視線が交わった。アンネが満面の笑みで手を振る。一瞬迷ったが、カイは無理矢理笑みを浮かべると手を振り返した。

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