悪役令嬢はヒロインとお泊り会をする
学園内にあるサロンは申請して空きがあればだれでも利用が可能だ。利用者が多そうな週末は予約が取れないと思うかもしれないが、実際にはその日を避ける者が多かった。というのも、週末はユーリとの時間を設ける為にレオンが予約を入れる頻度が高いからだ。『学園内では皆平等』とはいえ、暗黙のルールがあるのも事実。
そして、今日もレオンはサロンを予約していた。常と違う点は、ユーリの他に女生徒が一人同席していたことだろうか。
アンネはいつも以上に気合を入れ、猫を十匹はかぶってこの場にいた。いつになくおとなしいアンネにユーリは緊張しているのだろうと気を回して、レオンに改めて聖女だと紹介した。アンネが静々と頭を下げる。普段とは異なる様子のアンネに「いつものは擬態だったのか?」とレオンは戸惑ったものの表情は崩さない。王家の印が押された手紙をアンネの前へと差し出した。
「それが、正式な王城への召喚状だ。陛下が直接詳しい話を聞きたいと言っている」
レオンはアンネの前に置かれている封筒を指して確認するように言った。アンネは恭しく手に取り、中の紙に目を通すと「承知しました」と頷いた。
「そういえば……アンネは城に上がるのは初めてだよな?」
「え、ええ」
ユーリの急な問いかけにアンネは逃げ出そうとした猫を必死に捕まえて不安げに頷いた。ユーリは数秒思案すると、ある事をアンネに提案した。
ユーリが提案したのは、前日にシュミーデル家に泊まり、一緒に登城しないかというものだった。
「どうせ私も城に行くのだからそうしたほうが効率的だ。……大丈夫。私がついている」
ユーリが机下でそっとアンネの手に己の手を乗せ、安心させるように滅多に見せない微笑みを浮かべた。思わず息をすることすら忘れ、ユーリに見惚れたアンネだが、乾いた咳払いが聞こえて我に返る。————危ない。これは女。これは女。私のターゲットはこっちじゃなくあっち。と己に暗示をかけるとレオンへと向き直った。
レオンは先程までの無表情とは違い、どこか機嫌が悪そうに見えた。アンネはこの数分の間に何かしてしまったのだろうかと狼狽える。震えだした手をユーリに握られ、なんとか平静を取り戻すことができた。
「レオン」
「……悪い。だが、先程から二人、その……距離がやけに近すぎないか?」
「そんなことはない」
即答したユーリにレオンは反論することは出来ず、しばし黙る。
レオンの物言いたげな視線をものともせずにユーリはこれからの予定を決める為にアンネに話を振った。アンネは少しばかりレオンに同情しながらも、ユーリとの仲を取り持つ気はさらさら無いので気付かないフリをして、ユーリに話を合わせた。
ユーリの実家シュミーデル家にお世話になるのが楽しみだった……というのもある。貴族の家にお泊りなんて初めてのことだ、相手がユーリということもあって緊張することもない。楽しむ気満々であった。
————————
今まで見たどの家よりも大きく見える屋敷にアンネは安易にユーリの申し出に頷いたことを後悔した。正直なところ引き返したかったが、ユーリが手配してくれた迎えの従者は、洗練された動作で屋敷の中へとアンネを誘導した。
通された部屋は、想像したよりもシンプルだった。とはいえ、室内にある絵画や家具がどれも一級品だということは素人のアンネにも何となくわかった。
出された紅茶や菓子も大変美味しく、アンネの胃袋を満たしてくれる。
数分後、ユーリが現れた。
アンネはユーリを視界に入れ、思わず食べていたクッキーをボロボロと口から落とした。ユーリが予想外の装いで現れたからだ。具体的には、白のワイシャツに黒のチノパン。邪魔な胸はさらしで巻いているのか平らになっており、長い髪は後ろで一つに結ばれている。どうやら何かの作業をしていたようで、ワイシャツの袖は捲られ、無駄な脂肪が全くついていない鍛えられた腕が晒されている。一見すると線の細い男性にしか見えない。それも、とびきりの美少年。アンネは自分の喉が鳴る音で我に返った。
「なんでユーリは男に産まれなかったの?」
「……それを私に言われてもな」
困ったように笑うユーリは同郷のよしみという事もあってか、アンネに心を許しているように見える。そのことに何故か優越感すら感じ始めている自分に狼狽えていると、いつの間にかユーリが目の前のソファーに腰を下ろしていた。
「待たせてすまない」
「べ、別に待ってないけど」
ユーリはアンネが持っていたクッキーと空になっているケーキスタンドをチラリと見て「それならよかった」と言い、控えていたメイドに新しいスイーツを持ってくるように指示した。アンネは羞恥から頬を染めながらも、内心ガッツポーズをした。どこまでも自分の欲求に素直である。
しばし、二人はティータイムを満喫していたが、ある程度お腹が溜まるとアンネは居心地が悪そうに身体を揺らし始めた。
「ねぇ。本当にいいの? 何も持ってこなくて良いって言われたから、本当にドレスも何も用意してこなかったんだけど」
「なんだ、そんなことを気にしていたのか。別に構わない。……むしろ、こちらのほうが申し訳ないくらいだ」
「何が? 私にメリットはあっても、ユーリにはデメリットしかないと思うんだけど」
「私が、というよりもだな……」
ユーリは気まずそうな表情を浮かべたまま、少し隙間が開いた扉の向こうへと視線を向ける。アンネも釣られて扉を見ると複数の目がこちらを見ている事に気が付いた。叫びそうになるのを咄嗟に両手で抑える。
扉の向こうで、いつの間にか集まっていた着せ替え隊がアンネを見てはコソコソと囁き合っている。
「アレ、何?」
「我が家の着せ替え隊だ。……私が普段からこんな感じなので、思う存分腕を振るう機会が少な過ぎるとストレスが溜まっていたらしい。そんな時に、アンネが現れたものだから……まぁ皆腕が良いのは確かだ。明日の支度は彼女らに任せていれば間違いない」
「ふ、不安しかないんだけど」
両手で身体を抱き寄せて震えていると、アンネが自分達に気づいたことを察知した着せ替え隊が深い笑みを浮かべながら部屋へと入ってきた。その手には各々作業に必要なモノを抱えている。
「ユーリ様。こちらが?」
「ああ、私の友人アンネだ。明日は陛下に謁見する予定なので相応の装いで頼む」
「かしこまりました。アンネ様、安心してお任せくださいませ」
「よ、よろしくお願いします」
「ああそれと、私は予定通りアレでいくからな」
「アレ……ですか」
「ああ、アレだ」
「……はぁ、かしこまりました」
侍女長は不満げだが、後ろに控えている若い着せ替え隊の面々は何故か頬を紅潮させて頷いている。アンネは少しの不安と期待をささやかな胸に抱えて、着せ替え隊に連れられるがまま翌日の準備にとりかかるのだった。
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