悪役令嬢は聖女をエスコートする



「アンネ……」


 誰かが私の名前を呼んでいる。振り向くと背の高い日本人男性が立っていた。生憎逆光のせいで顔はよく見えない。けれど、佇まいと雰囲気で絶対に彼はイケメンだと直感した。同時に、が夢だということも何となく理解した。

 返事をしなかったからか、彼が何度も私の名前を呼ぶ。私も彼の名前を呼ぼうとしたけれど、彼の名前が全く浮かんでこない。せっかく彼が私の事を呼んでくれているのに……悲しくなって俯くと慰めるように頭を撫でられた。胸がキュンッと高鳴る。嬉しくなって思わず手を伸ばして抱きついた。


「アンネ? そろそろ起きないと遅刻するぞ」

「遅刻……学校に?」

「いや、学校ではなく……ああ、まだ寝ぼけているんだな。ほら、もう起きる時間だ」


 ぐい、と抱き寄せるように上半身を起こされた。途端にまどろんでいた意識も覚醒する。至近距離にユーリの顔があった。

 ユーリはアンネが目を覚ましたことを確認すると支えていた手を離した。ふいに寝癖が目に入り、アンネの髪に触れる。

 耐え切れず笑みを浮かべたユーリに一瞬見惚れたアンネは言いようのない感情が込み上げてきて布団にもぐり込むと叫んだ。


「乙女の寝顔を覗くなんてハレンチよ! 出て行って、起きたから今すぐ出て行ってー!」

「えぇ? す、すまない。そんなつもりはなかったんだが……。すぐに出るよ。あぁ、身支度は着せ替え隊に任せているので彼女達に聞いてくれ。じゃあ、また後で」


 戸惑いを滲ませたユーリの声が遠ざかっていき、扉が閉まる音が聞こえた。アンネはそろそろと布団から顔を出す。


「何よアレ……朝からアレは無い。あんなの……破壊力ありすぎて無理ぃ」


 顔を両手で覆って唸るアンネだが、ふと視線を感じて顔を上げる。着せ替え隊の面々と目が合った。「聞かれた!」と内心焦ったが、着せ替え隊の面々から「その気持ちわかります!」とばかりに頷き返された。彼女達と初めて心が通じあった瞬間だった。



 身支度が終わるとアンネはエントランスへ向かうよう言われた。ユーリがすでに準備を終え待っているのだという。いよいよかと緊張を覚えながらも侍女長の後に続き、速足で向かった。

 エントランスで待っていたユーリが足音で気づいたのかこちらを振り向いた。 ユーリの装いを直視して、アンネは息をするのも忘れ、見惚れた。

 昨日のシンプルな装いだけでも衝撃的だったのに、今日はアレを遥に上回っている。


「ユーリ……その服装は……」

「今日は令嬢としてではなく、聖女の護衛として登城するつもりだからな。……変、か?」


 アンネは勢いよく首を横に振る。ちなみに、見送りに来ていたユーリ担当の着せ替え隊はどや顔を浮かべ、他の着せ替え隊から称賛の視線を送られていた。

 女性用に補正されてはいるが、間違いなく護衛騎士だとわかる実用性のあるデザイン。シンプルだがさりげなく施された装飾が目を引く。この服をデザインしたデザイナーに拍手を贈りたい。


「それならよかった。では、行こうか聖女様」


 差し出された手にアンネは反射的に己の手を重ねた。シュミーデル家の馬車までエスコートされながらアンネは夢心地だった。馬車に乗り手を離されたところでようやく我に返り、頭を抱え唸る。


 だから、ユーリは女! 女なの! めちゃくちゃかっこよくて、理想そのものでも恋愛対象外なの!


 必死に自分に言い聞かせる。そのうち自分は開けてはいけない扉を開けてしまいそうで怖い。心配そうに声をかけるユーリをアンネは「黙ってて」と拒絶した。頭の中はユーリの事ばかりでアンネは今から国王に謁見するというのに緊張する余裕もなかった。ある意味よかったのかもしれない。ユーリもアンネが緊張していないことにホッとして言われた通り、大人しくしていた。


 城に到着する頃にはアンネも平常に戻り、ようやくここからが本番だと気合を入れる。

 ユーリにエスコートされ城内を歩くと至るところから視線を感じた。内心動揺しながらも、ユーリを見倣って真っすぐ前だけを見て堂々とした態度を貫いた。



 ―――――――――――



 王はユーリとアンネが挨拶をするのを聞きながら噂の人物アンネを観察していた。諜報を主とする影からの報告とは全く印象が異なるアンネに、レオンのいうとおり一筋縄ではいかない人物なのだろうと推測した。

ユーリとアンネの様子を見るに、二人の関係性は確かなもののようだ。ユーリが心を開くくらいだ……さすが聖女ということか。国王の中でユーリは次期剣聖と呼んでも差し支えないほどの評価を得ていた。ラインハルトに似てユーリも不用意な発言をする人物ではない。そのユーリがアンネを聖女と言い、魔王復活を確信している。

 気を引き締め、二人に頭を上げるように声をかけた。


「時間が惜しい。余計な言い回しは無用だ。魔王の復活について知っていることを包み隠さず話してもらいたい」


 レオンから概要は聞いていたが、伝え漏れている可能性もある。それに、聖女の口から聞いたという事実も重要だ。

 アンネは事前にユーリがまとめた内容をよどみなく話す。その際、主観的な言い方ではなく客観的に話すようにも努める。全てユーリから出されたアドバイスだった。


 国王は一通り聞くと頷いた。


「よく話してくれた。こちらでも調べたところ『魔王の森』に異変が起こっているのが確認できた。伝記に当てはまる事柄も幾つかすでに起こっている。速やかに正式な神託として国民に通達しよう。討伐に向け、『選ばれし者』達にもすぐにでも勅命を出す。聖女、そしてユーリよ……まだ年若いお前達にこの世界を託すのは酷だが……どうか、手を貸してくれ」


 アンネは予定通りの結果に心の中でガッツポーズをしながら、神妙な面持ちで頷いた。


「私の話を信じていただきありがとうございます。必ずやこの世界を彼らと供に救いたいと思います」


 ちらりと斜め後ろにいるユーリに視線を送る。ユーリもその視線を受けて頷き、国王に向かって目礼した。


 無事に王への謁見が終わるとそのまま退城するかと思えばレオンが呼んでいると言われ、今度はレオンが待つ部屋へと通された。先程の謁見ですでに神経を擦り減らし、疲れ切っていたアンネはうんざりとした表情になっている。ユーリは苦笑しながらも慰めるように背中を軽く叩いた。


「レオン相手だ、多少気を抜いても大丈夫だぞ。今からそう気を張っていたらこれから先の旅でも苦しくてたまらないだろう」

「うっ……そうだねぇ」


 アンネは言われた通り、少し肩の力を抜くことにした。ユーリが言う通り、気を張ってばかりだとすぐにボロが出ると思ったからだ。ただし、猫は数匹残すのを忘れないようにしないといけないが。

レオンもアンネの様子を見て、謁見の詳細を聞くことはなくユーリに目配せして頷きあうと菓子を使用人に用意させアンネを労った。多少砕けた様子になったアンネを見て、少し驚いた表情をしたが苦笑するに留めた。

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