悪役令嬢はメインヒーローとデートする(2)
微かに甘い香りが漂う仄暗い室内に年頃の男女が顔を寄せ合っていた。一見すると仲睦まじい恋人同士のようだが、二人の間には色気の
ユーリは前世の記憶については伏せ、これから起こり得る未来についてアンネが受けた神託として話した。到底信じられないような内容だが、レオンが訝しむような様子はなかった。アンネが歴代の聖女と同じ光魔法の使い手、というのが信憑性を高めたのかもしれない。
ユーリの話を聞き終えたレオンは一旦話を持ち帰り、国王に伝えると告げた。
頭ごなしに否定されなかったことに安堵したユーリは、年相応の笑顔を浮かべた。不意打ちをくらったレオンが口にしたばかりのコーヒーに噎せて咳き込む。
「大丈夫か?! ……そういえば、今日一日様子がおかしかったな。また、徹夜で仕事をしていたんだろう。少し仮眠をとった方がいいんじゃないか?」
「いや、必要な………っうわっ!」
断るのを見越していたユーリはレオンの腕を引いて無理やり立たせると、
このとんでもなく鈍感な婚約者をどうしてやろうか……。ベッドに引きずり込んで、口づけの一つでもすれば自覚してくれるだろうか。
それとも……と、不埒な想像を膨らまそうとしていたところにユーリが両手を退けのぞき込むようにしてきた。今日一番の至近距離に自と喉が鳴る。
爽やかなのにどこか甘い匂いが鼻孔をくすぐり、紫の瞳が近づいてくる。レオンはユーリの瞳に捕らえられたかのような錯覚を覚えた。呼吸するのさえ忘れ、レオンはゆっくりと目を閉じた。————柔らかな感触が唇に触れ……ることはなく、額に額が重ねられただけで終わった。それも一瞬だった。
レオンが目を見開き、茫然とユーリを見つめる。平然な顔で「熱は無さそうだな」と零しているユーリが憎らしい。レオンは「寝る」と一言だけ告げ、赤くなった頬を隠すように背中を向けた。到底寝れそうな精神状態ではなかったが、ユーリが本を読み始めたのを気配で感じ取ると、動揺している自分が馬鹿らしくなり、瞼を閉じた。
————————
「送ってくれてありがとう」
「いや、俺が寝すぎたせいで遅くなったからな」
仮眠するつもりが熟睡してしまったレオンはばつが悪そうに視線を逸らす。ユーリは「気にすることはない」と笑って返した。
「無理はしないように。と言っても立場的には無理だよな。まぁ、たまにはこうして出かけよう。少しは、息抜きにもなるだろう」
良いことを考え付いたとばかりに『今日みたいに強制的に仮眠を取らせればいい』と頷いているユーリを前にして、『もうあそこには行かない』とは言えず、レオンは曖昧に頷き返した。
「じゃ、じゃあ……また学園でな」
「ああ、じゃあまた」
ユーリとどこからともなく現れた護衛がシュミーデル家に消えていくのを見送った後、レオンは馬車へと乗り込んだ。扉が閉まり、走り出すとともに深くため息を吐く。
今日一日、ユーリと一緒にいて気付いてしまった。自分が思った以上にユーリを女として見ていることに。今まで
正直、今日だけで何度ユーリに手をだしかけたことか。実際に出してしまえば、反撃にあうかもしれない。その上、あの父や義兄もいることを考えれば軽んじてはできない。でも、いずれは……とも思う。
己の中にあった、今まで気が付かなかった感情。否、気付こうとしなかった感情を前にレオンはうなだれるしかなかった。
「どうして
とはいいつつも、婚約者として申し分無い相手だ。問題があるとすれば、ユーリの気持ちだろう。ユーリからはレオンへの恋情を一切感じない。というよりも、ユーリが誰かを愛するというという事自体がピンとこない。それでも、もし、彼女が誰かを好きになるならば……それは自分であってほしい。
ユーリの目に己への恋慕が宿るところを想像してしまったレオンは、前屈みになり、誰にも聞かれないような小さな声で呻いた。
思う存分車内で悶え苦しんだレオンは、王城に着くと真っ先に王の元へと向かった。重要な執務中だと押しとどめる衛兵に緊急だと告げ、王の執務室の扉を開けさせる。王は忙しそうに書類へと目を通していた。だが、いつにないレオンの様子を目にして、手にしていた書類を伏せた。直属の護衛のみを壁際で待機させ、人払いをした後、レオンに話をするよう促した。
レオンは出された紅茶を一口だけ飲むと、端的に告げた。
「復活の時が来ました」と一言。それだけで、王の表情が変わった。すばやく、護衛騎士も退出させる。部屋に残ったのは、王とレオンのみだ。
人の気配が離れ、ようやくレオンはユーリから聞いた詳細を語り始めた。
今代の『聖女』アンネについて。魔王復活の時期が近いこと。『選ばれし者』についても。己や、ユーリがそのメンバーだということも。
王はただ黙って聞いていた。悲痛な表情を浮かべながら。
「数百年ぶりの光魔法の使い手が現れたと聞いて、もしやと思っていたが……まさか、私の時代に魔王が復活するとは。しかも、そのメンバーにお前やユーリまで選ばれて……信託があっただけ良しと考えるべきか……」
「そうですね。私達にできることは少ない。時間は有限です。すぐにでも、動き出さねば」
「その通りだ……その聖女とはすぐにでも面会をしよう」
「はい。その時にはユーリも呼んだ方が良いでしょう。今回の情報は彼女からもたらされたものです。今代の聖女とも交流があるようですし、何より彼女も当事者です」
「ふむ。ならば、そのようにしよう。……レオン」
「はい」
「最近、『魔王の森』が活発化しているのは知っているな?」
「もちろんです。中級以上の魔物の出現が多数確認されているとか」
「ああ。おそらく、残念なことに魔王の復活の線は濃厚だと言える。そして、聖女も現れた。今のところ過去の伝記通りに事が起こっているように思うが。どう考える?」
「そう、ですね。確かに魔王の復活、聖女、と未だ確信は得てないですが、パーツは揃ってきているように思えます。しかし、決断を下すのは早計だと考えます。伝記はあくまで伝記であり、過去のものです。……私は、私
レオンは臆することなく、何の感情も読み取ることのできない王の瞳をまっすぐに見つめ返した。その時間、一秒か、一分か、十分か。沈黙を破ったのは王だった。溜息を溢し、深く頷いた。その様子はどこか安堵しているように見えた。
「以前は政略的なものだと割り切っていたように思うが……親の知らぬ間にというやつか。なかなかに手ごわいぞシュミーデル家は」
「っ……! わ、わかっていますっ!」
「話は以上です!」と無表情で部屋を出ていった息子の耳が赤くなっていたことを王は見逃さなかった。王妃に話すネタができたと忍び笑いを漏らす。
存分に笑った王は、いつの間にか戻ってきていた護衛騎士が面食らった顔をしていることに気付く。咳ばらいをした後、再び書類を手にとり、宰相を呼んでくるように頼んだ。その顔はすでに父親から王へと戻っていた。
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