第19話 もっと知りたい

「あの……葛谷さんの大事なところが……見えてます」


 葛谷さんはようやく気付いたのか下を向いての物を確認した。


「なんだ、コレの事か」

 もっと恥ずかしがってよ。なんで私の方が赤面してんのよ。


「あの……隠していただけます?」

「こんなものを気にするのか」と言って立ち上がり寝室へ向かった。

 普通は気にしますよ。


 寝室へ向かった葛谷さんを何の気なしに見ていたら再び、ぶっと味噌汁を噴き出した。

 ちょ、ちょっとなんでトランクス脱いでるのよ。お尻丸見えじゃん。私は俯き彼を見ないようにした。でも、筋肉質なお尻……なんかセクシー……

 足音が近付いてきて再び私の前に座った葛谷さんを恐るおそる覗うと、彼はボクサーブリーフ? と言うのかな? そういう下着を穿いていた。


「これで見えないだろう?」

 そういう問題? 普通にズボン穿いてくれたら良かったと思うけど。


「そもそも女性の前で下着姿でうろつくのもどうかと思いますよ」

「何故だ?」

 何故だって、なぜだろう? そりゃ別に男性の下着姿を見た所で何も思わないけど、さっきみたいな事故もある訳だし。


「デリカシーの問題です」

 本当に色々勿体ないわこの人。


「君も恋人がいたのなら見慣れているだろう?」

 ないです! そういう経験ないですから!


「そんな事したことありません!」

「そんな事とは?」

「そんな事って……そういう事です……」

 これってセクハラじゃないの。


「そうか、君はまだ処女なんだな」

 はっきり言わないで。


「葛谷さん、そういうのセクハラですよ」

「すまない、興味があったのだ」

 この人でも一応興味あるんだ。


「葛谷さんはどうなんですか?」

「なにがだ?」

「えっと、その……女性経験というか――」

「童貞だ!!」

「っ! そ、そう……」

 そんな大声で叫ばなくても。


「言っただろう、僕は恋愛の経験はない」

 そう言えばそうだったね。


「だが、女性の体には興味がある」

 何この流れ……急に身の危険を感じ出したわ。


「葛谷さん、わ、わたしは無理ですよ?……付き合っても無い人とそういう事……」

「なんだと?」

「いや、なんだとって言われても普通無理でしょう」

「それは残念だ」

 やっぱり多少そういう目で見ていたんだ。でもなんかちょっと安心してる自分もいる。多少は女として見てくれているんだ。


「そういう事したいなら恋人を作ればいいじゃないですか?」

「そう簡単に人を好きになれるか」

「葛谷さんはどんな人がタイプなんですか?」

 これはちょっと興味あるわ。


「ボンっキュっボンって感じだ」

「……なるほど」

 ナイスバディってやつだね。


「ほんならわたしではあかんですよ。背も低いし胸も無いですから」

「確かに胸は貧弱なようだな」

 ! 自覚してるけどヒドイ!


「自覚してますから! はっきり言わんといてください!」

 てか、なんで知ってるの?


「やっぱりゆうべ触ったんですね!?」

「なんだと!?」

「やっぱり触ったんや?」

「ゆうべではない! 誤解するな!」

 ゆうべではない? じゃあいつ? てか、やっぱ触ったの?


「わたし葛谷さんに胸触らせましたっけ?」

「直接ではない、誤解するな」

 えぇ……いつだろう? 記憶にない。


「い、いつ触ったんですか?」

「触ってはいないと言っておるだろう」

「触っては?」

「直接触れた訳では無い」

 どういう事?


「例の花火の日だ」

「はあ……」

「覚えてないのか?」

 胸を触らせた記憶はない。


「腕を絡めてきただろう? その時腕に胸が当たらなかったんだ」

「はっ!」

 あの時、たしかに恋人のフリをして腕を絡めたっけ。


「あん時、そんな事考えとったんですか! 変態!」

「君から腕を絡めてきたんだろう。僕が責められる筋合いではない」

 ぐぅ……それはそうだけど。私は思わず俯いて自分の胸を見下ろした。確かに、小さい……


 肩を落として落ち込んでしまう。


「やっぱ男の人って胸が大きい女性の方がええんですか?」

「あるにこしたことは無い」

「そうやおね……」

 ずどーんと沈み込む。


「おい」

 そう言って葛谷さんは黒目がちな眸で私を真っすぐに見つめ言った。 


「だが、君はじゅうぶん魅力的だ。気にするな」

「え……」

 ちょっと急に真顔で見つめないでよ。私は赤くなっているであろう顔を隠すようにそっぽを向いた。


 この人デリカシーが無いのか優しいのかわかんないわ。


「とにかく君はもう少し警戒心や危機感を持つべきだ。男と酒を飲んであんなに泥酔するやつがあるか。それに僕にだって下心が1ミリも無いと言ったら嘘になる」


「はい……以後気を付けます」

 これは反省しよう。だらしのない女だって思われちゃったかな。


「今後、そういう機会があるのなら、事前に場所と時間を僕に伝えておけ」

「え? どういう事ですか?」

「いつでも迎えに行ける様にしておく」


 胸がキュっと音を立てたのが聞こえた気がした。一粒の水滴が水面に落ち、ぽちょんと音がして温かいものが波紋の様に広がる。


 優しい所もあるんだ……


 今までもそうだった。この人は変な人だけれど、いつだって優しさの片鱗を見せていた。


 この人をもっと知りたい。それは静かに広がった思い。




 私は食器を洗い、キッチンを片付け、荷物をまとめると、

「本当にご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」と深々と頭を下げた。葛谷さんは相変わらずTシャツにボクサーブリーフのまま腕を組み、

「気にするな。それよりまた食事を作りに来てくれ。君の料理は美味い」と言ってくれた。

 目のやり場に困るんですけど。

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