第18話 ミサイルと爆弾
私は再度衣服の乱れを確認する。確かに脱がされたりした形跡はなさそうだ。信じていいのかな。
あれ? そう言えば靴下は……
「わたしの靴下脱がせたのは葛谷さんですか?」
「そうだ」
「ええ!」
ま、まさか、葛谷さん、例の遊びを……
私は慌てて床に落ちている私の靴下を拾い上げた。
「遊んだんですか?」
「なんだと?」
「わ、わたしの靴下で遊びましたね?」
「おい! 何度も言うが僕はそんな遊びをしない!」
私はジト目で彼を睨む。恥ずかしさで頭がどうかなりそう。
「靴下を履いたままベッドに入って欲しくないんだ!」
「ほんとにですか?」
「本当だ! そのくらい解ってくれ」
こればっかりは記憶を無くした私の自業自得だし一回くらいの遊びは許すか。いやいや、やっぱりあり得ない。
「とにかく僕は君をここまで運んでベッドに寝かせただけだ」
うん、わかってますよ、葛谷さん。ちょっと意地悪したかっただけ。私はベッドに正座し両手を添えて、
「本当にご迷惑をおかけしました、すみませんでした」と言って頭を下げた。
「誤解が解けたならそれでいい」
ひと悶着ありすっかり忘れていたけれど、はっと私は思い出したように鞄から手鏡を取り出し自分の顔を見る。
化粧は崩れ、目も腫れぼったい。髪もボサボサ。ひぇー!
「洗面所お借ります!」と鞄を抱えて洗面所へ一目散に走った。
やだ、恥ずかしい。こんな顔をずっと晒していたなんて死にたいわ。
軽く洗顔し、化粧水を付けて付けて乳液を塗り、下地を……って今さらか。よく考えたらもう家に帰るだけだし、見てくれだけ適当に取り繕う。元々そんなに濃いメイクでもないし。ドライヤーだけ借りて髪をとく。顎の辺りまでの長さをキープしている髪は多少寝ぐせがついていたけれど、水分を含ませドライヤーで伸ばして誤魔化した。
部屋に戻ると相変わらず葛谷さんはTシャツにトランクスだけで床に座りテレビを観ていた。
「なにか作れないか? 腹がへった」
「あ、ご飯食べます? なんか作りましょうか?」
確かに私もすこし空腹感を覚える。
私は冷蔵を確認する。卵しかない……そう言えば料理はしないって言ってたっけ。正確には”していた”だっけか。
「お米炊いて、目玉焼きとお味噌汁でも作りましょうか?」
「かたじけない」
迷惑かけたし、これくらいはしないとね。
ひとまずお米を洗って炊飯器の早炊きを選択してボタンを押した。
お味噌汁の具がない……
「葛谷さん、ちょっと自宅へ戻ってお味噌汁の具材取ってきます」
家に豆腐と乾燥わかめがある事を思い出していた。
「そうか、すまない」
私は自宅の鍵だけ持って数十メートル先にある我が家へ戻り、冷蔵庫から豆腐と先日買っておいたスライスベーコンを出した。キャビネットから乾燥わかめも持って葛谷さんの自宅へ戻る。
鍋に水と出汁粉を入れて赤味噌を溶く。豆腐を切って置いておく。フライパンを熱し、自宅から持ってきたベーコンを並べ卵を割って落とし塩コショウを少々振り、水を垂らして蓋をする。
味噌汁が沸いてきたので豆腐とわかめを入れた。
卵の表面が薄っすらと白くなったところで蓋を取り、火を消す。炊飯器を見るとあと5分。お皿にベーコンエッグを移し、お味噌汁をついでローテーブルに持っていく。
私はベーコンエッグにはソースをかけるんだけど、葛谷さんは何かけるんだろう?
「葛谷さん、目玉焼きに何かけます?」
「コーミソースだ。冷蔵庫にある」
コーミソース! だよね! でもこっちでコーミソース売ってないけれど?
「どこでコーミソース買ってるんですか?」
「実家から送ってもらっている」
なるほど。
きらきら星のメロディーが流れご飯が炊けた事を教えてくれた。
葛谷さんはいっぱい食べるから、仏壇にお供えする仏飯の如く茶碗にご飯を盛りつけテーブルに運んだ。
「君はアホだろう?」
「なんで?」
「こんな風にご飯をよそう奴があるか」
「ほんでも、葛谷さんようけ食べるから」
「風情がない、やり直しだ」
「えぇ……」
仕方なくご飯を普通に盛りつけなおす。
「こんでええですか?」
「ああ」
2人一緒に両手を合わせて、「頂きます」と言った。
葛谷さんはベーコンエッグにコーミソースをかけて目を輝かせた。いつも無表情な顔が一瞬砕けて嬉しそうな顔をする。私が作った料理に嬉しそうな顔をしてくれるなんてちょっと胸熱だわ。
葛谷さんはいきなり黄身を潰し、箸でベーコン全体に塗りたくった後、ベーコンと白身の部分を箸で器用に一口大に切り取り、それをご飯にワンバウンドさせ、ご飯と一緒に口に運んだ。なんか美味しそうな食べ方だな。
大きく口を開け、大量のご飯を口に投入する。相変わらず良い食べっぷりだ。自分の食事も忘れて見惚れてしまう。私って、男の人がご飯食べる姿になんでこんなにドキドキするんだろう。
「どうですか?」
「うまいぞ」
「ほんならよかったです」
私もまんざらでもなく、嬉しくなった。
でもよく考えたら、一夜を共にし、朝食を作って2人で食べている状況ってどうなの。変な事想像してたらまた顔が熱くなってきた。
私も葛谷さんの真似をして、黄身を潰し、ベーコン全体に箸で伸ばして白身と一緒に一口大に切り分け、ご飯にワンバウンドさせ口に入れ、すかさずご飯を口に運ぶ。うん、美味しい。
「おい、真似しただろう」
え! 確かに真似しましたけど、そこ突っ込みます?
「はい、真似しました」
「
「美味しいです」
葛谷さんはふふんと笑って、「おい、お代わりだ」と言った。なんでドヤ顔なの?
「あ、はい」と言って茶碗を受け取りお釜に向かう。
「さっきとおんなしくらいでええです?」
「ああ」
私はご飯を盛り付け彼の前に置いた。
「おかず足ります? もう一個作りましょうか?」
「大丈夫だ」
そうは言ったけれど、きっと2人分あればそれなりにご飯食べてくれたよね。初めから葛谷さんの分は2人前用意しておくべきだったと反省した。
「あの、わたしの半分食べます?」
「いいのか?」
「はい、ご飯をもっと食べれますよね?」
でも、こんな食べかけでいいのかな?
「箸つけてまったですけどええですか?」
「構わん」と言って私のお皿に箸を伸ばし器用に半分に切り分けて自分の皿に移動させると、私の食べかけを躊躇わずに口に運ぶ。またドキっとした。
この人、本当に幸せそうにご飯を食べるなあ。年上の男の人なのに、なんか息子を見るような感覚に陥ってしまう。息子はいないけど。
私の料理、美味しい? 沢山食べてね。足りる? 私の分も食べていいよ? 次々沸いてくるこんな感情は何なんだろう。この湧き上がる感情の正体が掴めないでいた。
「おい、お代わりだ」
「あ、はい」
朝からすごいね。作った甲斐があったわ。すごく嬉しいんだけどなにこれ?
私はお味噌汁をすすりながら何の気なしに胡坐をかいたままの葛谷さんを見て、ぶっと味噌汁を噴き出した。
「なんだ!?」
胡坐をかいた葛谷さんのトランクスの隙間から、み、見えてるんですけど……
「あ、あの、葛谷さん」
「なんだ?」
「あの、えっと、その……見えてるんですけど……」
「何がだ?」
何がだって、口に出して言えないんですけど……
「その……えっと……ミサイルと爆弾が……」
「なんだと!?」と言って勢いよく振り返ると窓の外を見た。
そこじゃない。
「ミサイルはどこだ?」
あなたの股間です。
「あの……見えてるんです……」
「ミサイルと爆弾がか?」
葛谷さんは眉間にしわを寄せ心底解らないと言った表情で私を見つめる。いや、全然ときめかないんですけど!
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