第17話 ここはどこ?

 眩しい……


 目を瞑っていても瞼を容赦なく貫通してくる光と熱を感じゆっくりと目を開いた。


 窓から朝日が直接私を照射していた。白い壁。ほのかな香り。


 っ! 頭が痛い。ここどこ?


 右側を下にして横向きに寝ていた体を捻り天井を見た。あれ? ここどこ?


 さらに体を左に捻じる。目に飛び込んできた光景に今自分が置かれている状況が理解出来ないでいた。

 

 ここは私の部屋ではない。床にはTシャツとトランクスのみで寝ている男性。私に背を向けている為顔は見えないけれど、男性と言う事は判る。


 どうしてこんなことに……。私は昨夜の不明瞭な記憶を辿る。


 さっくんの家で鍋食べて、恋バナに花が咲きしこたま飲んで……それから?


 パズルのピースのように、時系列もバラバラな記憶にある光景を思い浮かべる。


 酔いつぶれてしまった朱美さん。壁によたれかかり、脚を崩したスカートの裾から下着が見えそうでドキリとした記憶がある。


 その朱美さんを介抱するように肩を抱く小平君。


 洗い物出来なくてごめんねとさっくんに投げかけた言葉。


 3人でさっくんの家を出て……家を出て……それから……


 ふわりと香った匂い。軽々と体を持ち上げられどこかへ運ばれた記憶。


 散漫な思考で体を誰かに預けた記憶。だけど不思議と怖さは無かった気がする。


 じゃあ、この目の前で寝ている男性の部屋?

 

 さっくんの家ではない。小平君?


 うそ! やだ! 私は掛け布団をまくり衣服を見た。寝てしまってシワにはなっているけれど、昨日着ていた服装のままだ。脱がされた形跡はないけど後から自分で着た可能性もある。足元に違和感を感じそこを確認すると靴下だけは脱いでいる様だ。その証拠に私の靴下が床に落ちている。


 何もなかったよね……記憶が無いだけに絶対に何も無かったとは断言出来ないでいた。


 だけど酔った勢いとは言え、好きでもない人に体を許すとは思えない。でも、小平君だったら……? あの目で優しく見つめられたらひょっとして。自信を持って「ありえない」と言えない。



 ちょっと、うそでしょう? 不安で押しつぶされそうになり居ても立っても居られなくなった。


「あ、あの、こ、小平君?」

 私は彼の背中に声をかけた。


「んが」

 起きたようだ。


「あの、小平君」

「なんだ?」

 彼は気だるそうに返事をした。


「あの、わ、わたしたち、何か……した?」

「覚えてないのか?」

 はい……


「酔っぱらって抱き着いてきたんだ」

 うっそ! で、しちゃったの?


「そ、そ、それじゃあ……」しちゃった? とは言えなかった。


「ベッドから叩き出された。おかげでこのザマだ」

 え? それじゃあ私、一応抵抗したんだ。よかったあ。


それよりも……なんだろうこの違和感。どこかで聞き覚えのある声。テノールの中に時折混ざるアルトの声域。


「小平君?」

「だからなんだ?」

 小平君ってこんなんだったっけ? これって小平君と言うよりは……


「く、葛谷さん?」

「だからなんだ?」

 どっちやねん!


「葛谷さんですか?!」

「だからなんだ?」

 絶対葛谷さんだわこれ。


「なんで、わたし、葛谷さんの部屋におるんですか?」

 彼はむくっと起き上がり胡坐をかいたままこちらを見た。ひゅっと私の喉が鳴った。

 眼鏡を外したその双眸は、寝起きと言う事も有り切れ長に拍車がかかり、中途半端に開かれた瞼の隙間から漆黒の眸で見つめられ、心臓を鷲掴みにされた感覚がした。


 男の人だ。純也や、小平君とは明らかに違う寝起きの男の人を目の前にして、私の中の女の心が疼いた気がした。


「あの……」

「さっきからなんだ? 早く言え」

 訊きたい事は山ほどある。何から訊けばいいんだろう。


「なんで、わたしここにおるんですか?」

 葛谷さんは大きく一つ溜め息を吐いて、


「君の友達、加藤君だったか? 電話があったんだ。酔いつぶれてしまったから迎えに来いってな」

 ええ! 朱美さんから? 


「朱美さんですか?」

「名前は知らん。女性だ」

 朱美さんだ。でも、朱美さんも結構酔っぱらっていたけど、電話出来たのかな。葛谷さんは私の携帯から着信があり、電話に出てみると電話の主は朱美さんだった事を説明してくれた。


「なんで葛谷さんに?」

「家が近いんだったら迎えに来いと言っていた。夜の11時だ! 全く迷惑な話だ」

 それで、来てくれたんだ。


「迎えに来てくれたんですか?」

「あんなデレデレの状態の君を放って置く訳にもいかんだろう」

 私の胸がじんわりと熱くなるのを感じた。


 そっか、曖昧な記憶の中に、嗅ぎ覚えのある香り、安心感に包まれて体を預けた感覚。断片的だけれど、そんな記憶がある。葛谷さんだったらあり得るのかも。って、なんで葛谷さんなら? 顔が熱くなってきた。


「す、すいませんでした。ありがとうございます」

 私は赤くなっているであろう顔を隠すように俯いてお礼を言った。


 そんなことより、


「なんで葛谷さんの家なんですか?」

「女性の鞄を勝手に漁るのも躊躇われたからだ」

 鍵の事かな? それは解るけれど、だからと言って自分の部屋に連れ込むかなあ。やっぱり何か下心があったんじゃあ……


「それに相当酔っていた。流石に家に放り込んで知らんぷりは出来なかった」

 そうだったんだ……


「あ、あの、触りました?」

「なんだと?」

 葛谷さんが明らかに動揺した。ちょっとほんとに?


「私の体に……」と言いかけて更に顔が熱くなる。

「触りたかったが君が許してくれなかった」

 触ろうとしたのかい! でも私、ちゃんと抵抗したんだね。


「酔っている時に触るなんて酷いです!」

「酔ってなければいいのか?」

 そういう問題でもない。


「少しも触ってないですか?」

 少しも触ってくれなかったんですか? その器用そうな繊細な指で。と言う感情が1ミリくらい顔を出した。


「当たり前だ!」


 でも、実際あれだけ酔って記憶をなくせば多少触られてても覚えていないんだろうな。私の失態で迷惑をかけたのも事実だし、触った触ってないで葛谷さんを責めるのもお門違いだよね。酷い男性だったら無理やりされてたかもしれないし。なんだかんだ言ってやっぱり紳士だな。いや、ちょっと待て、さっき聞き捨てならない事を聞いたような……なんだったっけ。あ! そうだ!


「ベッドから叩き出されたって言ってましたよね?」

「ああ、一緒に寝ようと思ったが蹴とばされた」

「いっしょに!?」

 私は驚愕して目を見開き掌で口を押さえた。


「ベッドに入って来たんですか?」

「当たり前だ、床なんかで眠れるか」

「ほんやけど、一緒のベッドっておかしいやないですか」

「それは僕のベッドだぞ。本来なら君を叩き出して床に転がしておく所だ」

 まあ、確かにそう言われるとぐうの音も出ないけれど。


「ほんでも、私、女性ですよ? 恋人でも無い男性と同じベッドってやっぱり抵抗ありますよ」

「だから我慢して床で寝たではないか」

 何を我慢したって?







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