第14話 反省会

 自宅までの数十メートルの距離を葛谷さんは律儀に送ってくれた。肩を落としトボトボと歩く私の隣を葛谷さんはペースを合わせて歩いてくれた。


「ほんなら葛谷さん、ありがとうございました」と頭を下げる。

「悪くなかったぞ」

 慰めてくれているのだろうけど、私には響いてこない。只々がっかりさせてしまったと言う不甲斐なさが身に染みる。


「あの、葛谷さん」

「なんだ?」

「もっかいチャンスを下さい。次は必ず葛谷さんを唸らせますんで」

「期待しておこう」

「はい、もっと研究します。おやすみなさい」

「さらばだ葛谷君」

 そう言うと、片手を軽く上げ、柑橘系の香りを残して去って行った。


 私は自宅に戻るとスマホを開き、唐揚げのレシピを再検索する。もっと色んなサイトを見て、良いとこ取りをして私だけのオリジナル『ザ・恵梨香スペシャル』を発明してやるんだ。見ておれ葛谷伸元。


 まず、今日の反省点を挙げてみる。


 味付け。悪くなかったけど、普通だった。もっと深みとコクと、それでいてスパイシーさが必要だと思う。


 次に衣。なんかもったりして重かった。小麦粉ではダメなんだろうか。


 あと、噛んだ時の柔らかさやジューシー感。お母さんの唐揚げはジュワっと肉汁が溢れて来たけれど、私の作った物は締っているように感じた。これは揚げ時間を伸ばしたのがいけなかったのだろうか。レシピ通り4分で揚げておけば良かったのかも知れない。


 ひとまず、味付けに関して色んなサイトを調べてみた。今日私が使用した、醤油、酒、砂糖、おろしにんにく、おろし生姜以外の物で、他に入れている物を調べると、マヨネーズ、ごま油、みりん等を見つけることが出来た。

 マヨネーズかあ。たしかに漬け込んでおくとお肉が柔らかくなりそうだし、ほのかな酸味も出るのかも知れない。これは次に試してみよう。


 続いて衣。衣に使う物で小麦粉以外に見つけたものは、片栗粉、小麦粉と片栗粉のブレンド、米粉、コーンスターチ等だ。

 コーンスターチ? 唐揚げにコーンスターチって初めて聞いた。米粉も意外だなあ。

 ひとまずコーンスターチや米粉は冒険なので次回はサクッと揚がるらしい片栗粉を使用してみよう。


 最後に揚げ時間。これはやはり5分は長すぎたようだ。どのサイトも170℃で3分ほど揚げてから一度油から出し、2~3分置いてから190℃でもう一回揚げるらしい。意外に手間がかかるんだなあ。


 でも美味しい唐揚げの為だ。妥協は許されないのだ。


 ひとまず今回の反省を踏まえて、次回までに要点をまとめてメモしておこう。




「ええ! 葛谷さんの家に行ったの?」

「ちょっと朱美さん! 声大きいて!」


 翌日のランチタイム、私は朱美さんに昨夜の事を報告した。


「恵梨香さん、何もされなかった?」

「うん、その点は大丈夫やったんやけど」

 私の方がテンパってたし。


「けど、どうしたの?」

「あんま美味しく出来へんかった」

「唐揚げが?」

「うん……」

 唐揚げくらい余裕だと思っていたからちょっとショックだ。


「でも、唐揚げなんてタレに漬け込んで粉まぶして揚げるだけでしょう?」

「そやけど、やっぱりお母さんの作った物と比べると違ったし、葛谷さんも「うまい!」って言ってくれへんかったんやよねえ」

 あの「うまい!」が聞きたい。もっと大口でガツガツと食べて欲しい。その姿に見惚れたい。


「ほんやもんで、もう一回チャンスを貰ったんやよね」

「また作るの?」

「やって、なんか悔しいやんか。家も目と鼻の先やし」

「そう……まあ、頑張って」

 次こそは彼を唸らせてやる。


「あ、それより恵梨香さん、鍋パの時間だけど、夕方5時にさっくんの家の近所のスーパーに集合らしいよ」

「へえ、そうなんや」

「みんなで材料買って、そのままさっくん家に行くみたい」

「材料代、男子が出してくれるらしいね」

「うん、小平君から聞いた。今回はそれでいこうって」

 私に気を使ってくれたんだろうな。


「そうだ、恵梨香さん、鳥団子作れるの?」

 鳥団子鍋は私が好きだから実家にいる時も良く私が作っていた。


「わたしの味付けでええんなら作るよ」

「やった、じゃあ鍋は恵梨香さんにおまかせ。わたしは野菜切ったりするから」

 よし、ひとまず私の鍋でゼミの仲間を唸らせてやる。私が作った鳥団子鍋はお母さんですら美味しいと言ってくれるのだ。



 朱美さんと別れ午後の論理学の講義の為、講義室に向かい空いている席に着いた。


「恵梨香ちゃん」

 この声は。


「ああ、小平君」

「ああって、興味無さそうだね」

「あ、ごめんなさい、そういう訳じゃないですよ」

 

 小平君は当たり前の様に私の横に座る。


「LINEでも伝えたけど、金曜日よろしくね」

「はい、さっくんの家の近所のスーパーですよね」

 さっくんの家を知らないけれど。


「さっき朱美ちゃんからLINEきたけど、恵梨香さんが鍋作ってくれるって?」

「わたしの鍋でよければですけど……」

「全然、楽しみだよ。恵梨香ちゃんみたいな可愛い子の手料理なんて初めてだしさ」

 さらっとこういう事言うんだよね。


「初めてなんて嘘でしょ?」

「本当だよ。確かに女の子に料理を作って貰った事はあるけど、恵梨香ちゃんは特別だから」と言って色素の薄い眸で見つめられた。


 私はドキリとして咄嗟に目を逸らした。顔が熱くなってるわこれ。


「あまりそう言う事を軽々しく言わないで下さい」

「だって、本当の事だもん。じゃあ嘘吐けって?」

 どうにも答えられないような質問の仕方をしないでよ。


「とにかくあまり期待しないで下さい」と、ハードルを下げておく。


「鍋って地域性あるのかな?」

 話題が変わってほっとする。


「どうなんでしょうね。でも特別何も入れないですよ」

「岐阜のご当地鍋みたいなのじゃないの?」

「全然違います。普通の鍋だと思います」

「そう、楽しみにしているから」とまた見つめられてしまった。あかんて……

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