第13話 揚げる

 そろそろご飯炊けるかな?


 心臓のドキドキは葛谷さんの講釈を聞いていたらすっかり吹っ飛んで思い出したように炊飯器へ向かった。あと5分。そろそろ始めるかと思い私は腕まくりをする。


 一応スマホを開いて先日調べておいた唐揚げのレシピのページを開いておく。


 キャビネットを覗くとお茶碗やお皿などは2組づつあるようだ。誰のためだろう。


 まず水切りしておいたキャベツの千切りをお皿の半分に盛っておく。葛谷さんの方を多めにしておいた。


 コンロの下の扉から揚げ物鍋を取り出すと油温計が付いていない事に気が付く。


「葛谷さん、この鍋、油温計が付いとらへんですよ?」

「そんなものいらんだろう?」

「え? 温度わからへんですけど」

「君はとことんアホだな」

「はあ……」

「コンロに温度調節があるだろう」

 あ、ほんとだ。これがあれば油温計いらないわ。


「ええコンロですね」

「最初から備え付けだ」

 良いマンションは装備も良いのか。私の部屋なんてコンロ一個しかないのに。ていうか、ここ家賃いくらなんだろう。明らかに学生が一人で暮らすには良すぎると思うんだけど。


「葛谷さんってバイトとかしとるんですか?」

「していない」

 じゃあ、全部仕送りなのだろうか。お金持ちなのかな。


 そんな事を考えながら鍋に買ってきたサラダ油をなみなみと注いで火にかけ170℃に設定しておく。確かにこれは便利だ。


 冷蔵庫から漬け込んでおいたモモ肉を取り出しボウルに小麦粉を入れ一つづつ丁寧に粉をまぶす。 


 味噌を溶かしておいたお味噌汁に火をつけ切っておいた豆腐を入れた。


 しばらく待って油が設定温度に達した事を知らせる音がなり、温度が下がらない様に4切れづつ油に入れる。

 シュワーと音がして細かい気泡がお肉を包んだ。よし。タイマーをセットする。レシピには4分て書いてあるけど、大丈夫だろうか。鶏肉だから心配なので5分にセットした。


 お味噌汁を見ると沸騰しそう。味噌汁は沸騰させるなとよく言われるけれど、赤だしは沸騰させた方が好きだ。香りが飛ぶと言われているけれど、逆にコクが出る。


「葛谷さん、お味噌汁沸騰させてもええですか?」

「構わん。むしろ沸騰させて煮込め」

 ですよね。こういうところで意見が合うと同郷であることに喜びを感じてしまう。


 そうこうしている内にタイマーが鳴るので揚がって唐揚げになった物を油切りする。

 同じ作業を繰り返し全部揚げ終えた所でお味噌汁の火を止めた。


 キャベツを半分盛ったお皿に唐揚げを並べて行く。私は4切れ程で良いので葛谷さんのお皿に残った全ての唐揚げを盛ると山の様になった。結構あるけど、葛谷さんならこれくらい食べちゃうんだろうな。


「その小さいテーブルで食べるんですか?」

「これしかないのだ」


 仕方なくその小さなサイドテーブルに料理を運んだ。


「マヨネーズいります?」

「いらん」


 最後にご飯とお味噌汁をよそってテーブルに並べた。


「どうぞ」

「かたじけない」


 私は葛谷さんの対面に座り「いただきます」と言って両手を合わせる。


 葛谷さんは細くて器用そうな手で美しく箸を持ち、唐揚げを箸でひとつ摘みかじらずに丸ごとひとつを口に入れた。


 どうだろう。結構上手に出来たと思うんだけど。固唾を飲んで感想を待つ。


「悪くない」

 えぇ……なんか微妙な感想だな。


「美味しないですか?」

「悪くはない」

 ふむ……


 私も一つつまんで口に入れた。もしゃもしゃと唐揚げを味わう。うん、不味くはないけど、確かに悪くないという感想が適切なのかも知れない。お母さんの作った唐揚げに比べると色々違う。


 まず、味が違う。もっと深みのある味がした気がするし、甘味は同じくらいんなんだけど、なんかもっとこう、マイルドな甘さだった。それに衣もなんか重い感じがする。あと、噛んだ時もなんか身が締っているというか、ジューシー感が無い。なんだろう……


「なんででしょう?」

「僕に聞くな」


 私は肩を落としてしまう。

 

 なんだろう。なんか悔しい。せっかく一生懸命作ったのに、葛谷さんに褒められなかった事が悲しいんじゃ無くて、喜んで貰えなかった事が悔しい。


「だが、悪くないぞ。ご飯おかわりだ」

「あ、はい」

 私に気を使ってくれているのかご飯をいっぱい食べてくれる。


「さっきとおんなじくらいでええですか?」

「ああ」

 ご飯をよそい葛谷さんの前に置く。


 さらにもういっこ唐揚げを食べる。うん……やっぱり「悪くない」だ。


 何がダメだったんだろう。味付けもネットで調べたレシピ通りにしたし、温度も間違っていない。唯一変えたのは揚げ時間だ。4分の所を心配なので5分にした。それがいけなかったんだろうか。でも味まで変わるかなあ。

 味に関してはきっと、お母さんの味付けと違うのだろう。これはお母さんに聞けば済む話なんだけど、なんかそれも悔しい。自分でもっと美味しく作りたい。そんで葛谷さんに「うまい!」と言ってもらいたい。


「おい、おかわりだ」

「あ、はい。さっきとおなじくらいでええすか?」

「ああ」


 お釜を開けて残っているご飯を全て茶碗によそった。


「ご飯、もうこれで終わりです」と言ってテーブルに置く。


「足りへんかったですか?」

「丁度良いくらいだ」

 そう言った彼の言葉に、「この唐揚げでは」という言葉を心の中で付け加えた。

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