第11話 終息
時間を巻き戻せるとしたら、俺は一体どこからやり直せば良かったのだろう。
国王から金を受け取る前か?
勇者と初めて顔を合わせた時か?
イタカの話を聞く前か?
魔王城に入る前か?
いいや、どれも違う。
俺がどうこうしたところで、これはやり直せない。どう足掻いても、こうなることは決まっていただろう。
帝国軍の進軍を確認したマリーは、俺とミランダを連れて帝国軍と合流した。
それからはあっという間のことだった。
鉄の装甲に闘争心を煽る香木の煙を纏った、牛に似た姿のモンスターに乗った兵士が止まることなく城壁へ突っ込む。
激突する前に後方の砲撃部隊が城壁を大砲で大破。何も見えないほどの土煙に臆することなく先程の兵士たちはその先へ駆けて、すぐに姿が見えなくなった。
俺たちは砲撃部隊の後ろの救護用の荷車から、それを遠目に確認した。
「じゃあ、あたしも行ってくるね」
帝国軍の統率力に圧倒されている俺とミランダをよそに、マリーはマントを脱いで荷車から出ようとしたから、思わず俺はマリーの腕を掴んだ。
マリーは特に驚くでもなく、小さく笑った。
「心配してるの? 大丈夫。砲撃部隊の指揮をとるだけだもの。あたしが指示しないと城下町に当たるかもしれないわ」
「前線には、出ないんだな?」
「そうね。あたしは野砲兵だけど、今回は後方支援を任されてるもの」
自信満々に胸をはるマリーに俺は何も言えなかった。そうだ、こんなに小さいがマリーは師団の兵士だ。
俺が止めるべきではない。俺は掴んだ手を離した。
「気をつけて行ってこい」
それしか言えなかった。マリーはウインクで返事をして荷車から降りた。
「はあ……こうなったら後は帝国軍とマリーに任せるしかないな」
荷車の隅で俯いたままのミランダに聞こえるように言ったが、なんの反応もなかった。
マリーが荷車を降りてからすぐに砲撃の音と振動が響いてきた。
気になって外に出てみると、少し前まで俺たちがいた王国は火の海にのまれていた。遠くからでも夜なのにわかる。
まるで夕方のような赤に包まれた王国の城。それとは対照的に城下町はとても静かで、一つの灯りもなかった。
王国から遠く離れているせいか、砲撃の音のせいか、悲鳴も喧騒も聞こえなかった。
東の空が白む頃には、城は跡形もなく消えていた。帝国軍の圧勝だったと戻ってきたマリーが教えてくれたが、それは当たり前だと俺はため息を吐いた。
「何のためにあんな苦労したと思ってんだ。帝国軍に対抗する手段を全部絶ってるのに帝国軍が負けるけないだろうが」
「でもあたしが出なきゃ城下町ごと爆破してたと思う」
「ミランダのためか?」
「それもあるけど……今回の被害者でしょ、王国の民は。何も知らないまま、勇者なんかの死にも泣くお人好し達……腐った国王と一緒に殺すなんてできなかったの」
撤収作業を始めた帝国軍の兵士が慌ただしく走り回るのを、マリーは自分の銃を握りながら眺めていた。
「帝国は対人兵器に特化した戦法が得意だから、これからはモンスターよりも悪人を多く取り締まるみたい」
マリーが他の兵士から聞いた話では、城下町は帝国軍からの被害はなかった。だが城が襲われる騒ぎに乗じて強盗が何件か発生したらしい。
それを帝国軍の軍犬に嗅ぎつけられて取り締まられ、城に攻め入る隊とは別に城下町を見回る隊が急遽配置されたらしい。
「帝国はこの後どうすんだ」
「領土を拡大したことだし、しばらくは建設作業が主になるわ。あの土地になにを建てるのかは知らないけど」
「城下町はどうする気だ? 全部壊すのか」
「あのままよ。帝国が治めるけど、それ以外は何も変わらないわ」
マリーはそう言って思い出したかのように小さく飛び跳ねて笑った。いきなりなんなんだか。
「城下町から城へ進軍するときにね、勇者を弔う祭壇を踏み荒らしちゃったんだって! 二人に話そうと思ってたのに忘れちゃってたわ!」
心底楽しそうにステップを踏むマリーに、俺もつられて声を出して笑った。
「帝国のことばかり心配してるけど、コモドールはどうするの? 城下町に戻るの?」
「そうだな。とりあえず俺の家が無事か確認してから決めるさ」
「帝国軍に来てもいいのよ」
マリーの誘いに苦笑いしていると、一人の兵士がマリーに声をかけた。どうやらこれから帝国に帰還するようだ。
「あたしはミランダを公国に送ってから帰還するわ。騎兵師団長に伝えておいて」
マリーの言葉で、やっとミランダを公国に返してあげられると実感した。
一番に伝えようとマリーが荷車に軽快に乗り込んだ。
「お待たせミランダ! 聞いて聞いて! 城下町の被害なしで終わったの! 勇者を弔う祭壇は壊しちゃったけどね──」
明るいマリーの声が、不自然に萎んで消えた。
何かあったのかと荷車の奥を見ると、どこにもミランダの姿が無かった。
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