第10話 揺籠

 風魔法で勇者を浮かせ、代々使っていた仕置き部屋に放り投げた。

 ぎゃあぎゃあ騒いでうるさいけれど、またしばらくしたら脱走して城内の何処かで倒れているのだろう。扉を閉めれば静かになった。


 光水晶を懐にしまうと、自分の手すら見えない闇に包まれる。俺は地下へ向かった。

 常人は気が狂うかもしれない空間だ。

 それでも俺はこの暗闇に安心してしまう。この闇の魔力で満たされた魔王城が、元は聖堂教会だったからだろうか。俺の生家だからか。いいや、違う。

 

 俺の魂が魔王と繋がっているからだ。

 

 聖堂教会が代々受け継いできた魔王の封印方法は、世界中のありとあらゆる術式を駆使して常に新しい呪縛を重ねてかけ続けることだ。

 俺の祖母が遥か遠い東国から得た術式は、術者と対象者の魂を繋ぐものだった。

 

 新しい呪縛として改良した術式をかける時に、これからは一蓮托生だと祖父は言っていた。

 東国の言葉らしいが、それがどういう意味なのか俺は知らない。それを知っていた父から、俺が術式を受け継ぐときに教えてもらうはずだった。

 だがもう父はいない。

 聖堂教会の建物は疎か、町ごと壊滅して書物などの記録は失われている。今までの呪縛をかけ直す方法を知る術は絶たれた。それでも俺は新しい呪縛で魔王を無害化することができた。

 それをコモドールに話したとき、彼は目を見開いて言葉を失っていたっけ。


  

 魔王が復活した時、俺は公国に使いに出ていた。大量の魔力が津波の如く押しよせ、聖堂教会の上空が暗雲立ち込めたのを、馬を走らせながら見ていたのを覚えている。

 あの濃度の魔力では聖堂教会も町も無事ではないとわかっていた。それでも走って戻ったは、確信していたからだ。

 

 魔王はきっとそこから移動はせずに、その場に留まるだろうと。

 

 すっかり廃墟となった町の奥、聖堂教会が建っていたであろう場所で、俺の予想通り魔王は待っていた。

「イタカ……イタカ……」

 魔力を放出して六対の翼は出ていたが、呪縛の影響か、姿は幼体のままだった。自分が何をしたのか理解がおいついていない様子で、俺に縋った。

「誰か地下に入ってきたのかい?」

 人の子には無い、黒いツノの生えた頭を撫でてやると、魔王は震えながら話してくれた。

「ヒトがきて、サトイとはなしをしてた……でも、ボクにきりかかってきて、サトイがまえにでてきて……」

 魔王の言うサトイは俺の父の名前だ。歴代の呪縛で思考も弱くしていたため、魔王が個体として認識しているのは、父と俺だけ。だからどこの誰が来たのかは話だけではわからない。

「サトイがしんで、きゅうにちからがおさえられなくて、きがついたらあかるいところにいた……」

「そっかあ……何個か呪縛取れちゃったか」

 重ねていた呪縛のうち、見たところ魔力抑制と成長阻害、もしかしたら自己再生力妨害も解除されているかもしれない。

「イタカ、おこる……?」

「怒らないさ。でも一個だけ呪縛かけ直さないといけないかな」

「イタカの、とれっちゃた?」

 不安そうに言う魔王を見れば、それはすぐにわかった。俺の呪縛は解除されていないと。

「いや、俺のじゃなくて父さんの。でも俺だとかけ直せないんだよ」

 俺が困ったように言うと、魔王は俺の手を掴んだ。

「ボクが、かける! イタカとボクのイノチをつなげるのなら、できるから!」

「本当にできる? 俺が死んだら死んじゃうんだよ?」

「できる! やる! だから、だから──」

 人の子供のように泣きそうな顔で、魔王は俺に抱きついてきた。

「トモダチをやめないで……イタカ……」

 鼻をすする音が聞こえた。俺はにやりと上がる口角を抑えられなかった。

 

 なにが歴代の呪縛に新たな呪縛を重ねてかけろだ。

 力や思考を抑え込んだだけでは、第三者の介入でこの様だ。

 それに比べて、俺の呪縛を見ろ。

 友達として十六年接し続けた成果がこれだ。友情という名の呪縛のおかげで、完全な復活も呪縛の全解除も防げた。

 

 魂を繋げるだけなら、いまの魔王でも簡単にできた。完全に繋がって俺がすぐに確認したのは、魔王が見聞きした記憶の詮索だ。

 魔王が理解できなかったとしても、俺ならわかる。

 誰が父を殺したのか。父が死んだのにも関わらず、魔王が生きている理由も。

 

 答えは至って単純だった。

 

 王国が帝国を迎撃するための準備を進める時間稼ぎとして、金を積まれた勇者。

 腐っても勇者の斬撃が、父の魂と繋げていた、魔王の魂との繋がりをも断ち切っていたこと。

 最後の力で反撃した父の風魔法が、皮肉にも魔王の魔力放出の被害から勇者を守ることになったこと。

 

 俺は不安そうに見上げる魔王の手を取り、廃墟を見回した。

「とりあえず、此処を整地しようか。力の調整は俺がするから、魔力だけ俺に送ってくれるかな」

「うん。わかった。そしたら、またねてていいの?」

「寝る場所が用意できたら、ね。さすがに此処だと寝心地悪いだろうからさ」

 俺は魔王の頭を撫でた。嫌がることなく、魔王は笑っている。

「今度は誰も入れないように、出入り口は俺にしかわからないよう造ろうか」


 魔王の魔力を俺が使って、聖堂教会があった場所に、闇の魔力で満ちた魔王城を造りあげた。

 といっても俺が造ったものだから、無意識に内部構造は聖堂教会と同じになってしまったのだ。窓などの光源は一切ないが、暗い方が俺たちは落ち着いた。

 魔王は慣れ親しんでいる地下室で、眠ったまま。俺が魔力を吸い取るように使ったりしているせいで、たまに目が覚めるらしいがすぐにまた眠るらしい。

 

 勇者では決してたどり着けない隠し通路を進んだ先にある、地下への階段を降りていく。

 コモドール達を此処に案内したのは、魔王を殺させるためではない。

 ただ勇者の帰る場所を無くしたかったから。

 嫌がらせにも近い。旅を通して信頼されるように仕向けた。

 使えない勇者に代わって、みんなを支える立場となり、最後に勇者より俺を信じてくれるように。

 

 そういえばコモドール達は上手くやれたのだろうか。

 

 ふと思ったが、すぐに考えるのをやめた。俺が気にすることではない。

 出口のない魔王城は、外から見えないように結界をはっている。勇者を助けに来ることはない。

 俺は勇者が要らぬことをしないように、同じ部屋に連れ戻し、地下の魔王の様子を見るだけでいい。

 

 五歳の頃から毎日開け続けている、鉄の扉の先で魔王はいつものように、変わらず眠っている。

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