第9話 月蝕

 一歩踏み出す先は暗闇。

 それでも怖くない。踏み出した先になにがあるかを知っているから。

 

 コツ──

 

 硬いモノが靴先に当たった。

「ここで寝てたんだね」

 足元に言葉を落とすと、うめき声が上がってきた。

「探すの面倒だから同じ部屋にいてほしいんだけどな……どうせ此処に出口は無いんだから」

 手のひらに光水晶をのせる。触れた者の魔力で光る性質をもっている水晶だ。すぐに光源の無い空間に淡い明かりが灯った。

「彷徨うのも諦めなよ」

 足元で踞る男は恨めしそうに俺を睨んだ。

「ふざけんな! おれは勇者様だぞ!」

「うん。知ってるよ」

「おれが魔王を倒せば世界平和だろ!」

「うん。そう言われてるね」


「それが目的で集まったんだろうが! なんで魔王を憎んでる聖堂教会の奴が邪魔すんだよ! イタカ!」


「それを君に言われる筋合いはないんだけどな。国王に指示されて俺の父を殺した君は、世界の平和を邪魔したということになるだろう」

 ああ、耳障りだな。思わず殺したくなるほど。

 けど我慢しなきゃいけない。俺は此奴と同じことはしないと誓ったからね。

 人殺しはしない。

 

「はあ? 魔王の幼体に斬りかかった時に前に出てきたんだから仕方ないだろ。事故だったんだよ……なんだよ、復讐か? それで?  魔王城におれを殺さずに閉じこめてどうしたいんだよ、おまえは」

「国王も君も、なにも理解していないんだよ。代々聖堂教会で魔王を封印してきたのにさ……無理矢理に起こすから柄になく腹を立ててしまったよ。別にきみを殺すのは簡単さ。でも殺したら逃げられるからね」

「はあ?」

 俺も頑張って我慢しているんだよ。とため息をついたら、理解できていない間抜け面が見上げていた。

「きみをいま殺したら、魂が転生して此処から逃げ出してしまうだろう? さすがにまだ俺も魂を縛りつける術はないし」

「んだよ……なに言ってんだよおまえ」

「あはは、本当に学が無いね。本当になんで君が選ばれたのか理解に苦しむよ」

 学も人望もカリスマも、力も無い。ただ威勢しかないこの男が、魔王を倒す勇者なんて片腹痛い。

 

「俺たちはね、ただ平和に眠っていたかったんだよ」

 

 大人しく。静かに。誰も傷つけないように。

 波もない暗く小さい水面に岩を投げつけたのは君だろう。

 なら、岩を投げつけないように両腕をもがれたとしても、文句は言えないよね。

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