第6話 完了

 少しして、息をきらせたミランダが走ってきた。どうやら順調にことが進んでいるらしい。

「こ、コモドールさん、手筈通りにラットは回収しました。後はこっちだけです」

「お疲れ。まだマリーが戻ってないんだ。西の消化活動もまだのようだし、これなら大丈夫だろ」

 遠くでまだ黒煙が上がっている。

 西の塔の武器庫をふっ飛ばしたのだから、そう易々と鎮火できないだろう。公国ならともかく、王国には自然魔術を扱える魔術師は存在しない。

 自然魔術だろうが回復魔術だろうが攻撃魔術だろうが使えたイタカが異常だったのだ。公国でもあんな奴はいないだろう。よくミランダが驚いていたのが懐かしい。

 よく野宿した翌朝には、イタカがマリーとミランダの髪を、弱い風魔法を当てて整えてやってたな。勇者のモンスターのようなひどい寝癖も、笑いながらイタカは直してやってた。

 実の父を殺した奴に、あいつは笑顔で接していたんだ。俺なら堪えられないな。

 そう思うとよく半年以上も旅ができたな、俺たち。

 

 マリーが塔に入ってそんなに経っていないはずだ。

 まだ西日は落ちていない。

 まだ西の塔から黒煙が上がっている。

 まだ誰も東の塔には来ていない。

 それなのに、まるで走馬灯のように俺は四人で旅をしていた頃を思い返している。横にいるミランダは、心配そうに両手を握って塔を見上げている。

「祈っているみたいだな、それ」

 思わず声に出た。ミランダは塔を見つめたままゆっくり頷いた。

「いっ、いつも、無事を祈っています。みなさんの後ろでできることなんて、こっ、これくらいしかありませんから」

 いつもより震えた声だった。上手く話せないミランダだが、ここまで声が震えるのは珍しいことだ。

 ずっと最前線に立っていたから、ミランダが後ろで何をしていたのかは知らなかった。召喚師として数多い使い魔で俺たちをサポートしてくれることが、どれだけ重宝され、重要で大変な術なのか。ミランダはもっと自覚するべきだ。


「あっちはやっと消火したか」

 西の塔から黒煙が見えなくなってすぐだった。こちらの東の塔の最上部が爆発した。爆発音よりも振動に体が反応し、俺は無意識にミランダを肩に担いで走っていた。

 塔は潰れはしなかったものの、その周辺は最上部だった瓦礫が落ちて地面にめりこんでいる。

 あのまま立っていたら瓦礫に潰されていただろう。ミランダも俺も息を呑んだ。

「ミランダはここにいろ。マリーを探してくる」

「は、はいっ! お気をつけて!」

 爆発して外に降ってきたのは外壁だけ。床の部分は中に落ちたかもしれない。

 最悪、マリーが押し潰されているかもしれないのだ。震えるミランダを残し、すぐに俺は塔の内部へ走った。


 塔の中は外から見るよりも崩れていた。

 砂埃が雨のように降ってくる中、壁沿いにぐるりとまかれた階段に足をのせる。大きな落石は無さそうだが油断はしない方がよさそうだ。

 上を確認しながら駆け上がる。天井は全部壊れていない。まだ上の階だけ崩落して、ここまできていないだけなのかもしれない。

 二階にあたるだろう階に着いた時、見慣れた緑色のマントがはためいていた。

「あら、あら、わざわざ迎えに来てくれたの?」

 顔についた土をそのままに、マリーは五体満足で立っていた。俺は安堵のため息をはいた。

「狙いどおり最上階にあったよ。あとはここを爆破すれば終わりね」

 俺を無視して、マリーはどこか楽しそうに壁に火薬を仕込んでいく。

「上はけっこう崩れているから、ここが壊れたらきれいに潰れるよ」

「楽しそうだな」

 口角が上がってるぞ、と指摘する。するとマリーは隠さず声に出して笑った。

「もちろん! だってこれで終わりだもんね? 勇者もこの国も! あの腹立つまぬけ面の国王は絶望するよね! 武器も火薬も防衛魔術を発動させる大量の魔石も爆破して、王宮の食料と政治的契約書類はラットに喰い尽くされて! 我が帝国に対抗する手段を絶たれてんだもの!」

 マリーは叫ぶように笑いながらも、しっかり階段まで火薬を仕込み終え、俺と一緒に塔の入り口まで走った。

 そして階段の火薬に火のついたマッチを投げこんだ。火薬に引火したことを確認して、すぐに離れたミランダに合図して王宮の外に向かって走った。

 

 背後から塔が崩れ落ちる轟音と振動が追ってきた。それに振り返ることも立ち止まることもなく、俺たち三人は城下町に出るまでひたすら走った。

 多分、俺たちは笑っていた。

 

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