第5話 開始

 遺体の無い空っぽの棺が、街の中心に位置する広場に用意された。

 棺よりもひと回り大きな石の台の周りに花や篝火が置かれ、まるで生贄に捧げる儀式のように見えた。周りの白い花が、斜陽のせいで赤く光るからだろうか。

 まだ花を追加していく兵士たちを眺めていると、一人の兵士と俺の目があった。

「勇者様の弔いの儀は夜に行います。まだ準備中なのですが、何か気になることなどありましたか?」

「いいや、なんでもないさ。ただこういった場に立ち会ったことがないものでね……邪魔した」

 兵士は気を使ってくれているようだ。だがすぐに他の兵士に呼ばれた。

「あまり気負わないでください。あなたのせいではないですし、誰も防げないことだったんですよ」

 そう言って持ち場に戻った兵士の背中に、俺はそうだな、なんて乾いた言葉しか投げられなかった。

 勇者が城下町で祭りの最中、人混みの中で殺されて数時間しか経っていない。しかし民は普通に町を歩いている。勇者が殺された時、見えていたのはミランダの召喚獣だけ。それも黒い靄を纏っていた。普通の人間にはモンスターに見えていたはずだ。

 マリーの発砲音は祭りの音で聞こえていない。召喚獣は勇者を喰い尽くしてから、城下町の外に飛び去った。

 その召喚獣が再び町に侵入してくる心配など少しもしないで、ここの人間たちは普通に歩いている。帝国なら警戒体制。公国なら防衛術を街全体に敷くだろう。これだから平和ボケした王国は気味が悪い。


 広場から歩いて王宮に戻ると国王に声をかけられた。

「コモドール、マリー殿を見なかったか。聞きたいことがあったのだが……」

「申し訳ありません。別行動をとっていたもので、把握しておりません」

 国王が困ったように兵士にマリーを探すよう命令した矢先だった。

 王宮の最西端に位置する塔から爆発音がした。急な近場からの爆音で鼓膜が痛い。国王や兵士たちは爆風で転けていた。

「なにごとだ!」

「国王! 西の塔の武器庫内部にて、火薬と弾薬が爆発しました!」

 走ってきた煤だらけの兵士の報告に、国王は目を見開いて驚いていた。

「原因はなんだ! 被害は、爆発の規模はどれほどなんだ!」

 わあわあと声を上げながら、あちこちから兵士がわき出てきた。焦ってる焦ってる。巣穴を突かれた蜂みたいだな。

「それが……」

 言い淀む兵士の後ろから、兵士と同じくらい煤に汚れたマリーが歩いてきた。

「原因は西陽。武器庫の石壁に穴が空いていたみたい。強烈な日差しに晒された火薬に火がついて、誘発して大爆発したみたい」

 慣れた様子で、マリーは煙で咳こむ兵士たちに消火作業の指示を出した。

「あと石壁の穴だけど、この子が原因。王宮内にまだ潜んでいるかも……」

 そう言ってマリーは国王の目の前に、少し大きいネズミの首根っこを掴んで突き出した。

 正確には、ラットというミランダの召喚獣で普通のネズミより大きいし賢い。だがそんなこと国王は区別つかない。忌々しくネズミを睨んでいる。

「このような畜生に王宮を壊されるなど屈辱だ! すぐに駆逐しろ!」

 国王は慌てふためく兵士たちに怒声を上げた。消火活動に害虫駆除に、大変だなここの兵士たちは。

「恐れながら申し上げます。国王、僭越ながらネズミ駆除を俺たちが引き受けましょう。兵士たちは消火活動に専念していただく方がよろしいかと思います」

「あ、でも迷子になるの嫌。誰か案内の人をつけてほしいな」

 国王はすぐに立ち上がり、懐から取り出した一枚の紙を俺にくれた。

「王宮内部の地図だ。お前たちなら迷わないであろう。頼んだぞ」

 信頼されているってことで良しとしよう。俺は一礼をしてから、マリーと一緒に王宮内部へ走った。まず目指すは西の塔と対に建つ東の塔だ。

「ねぇ、さっきのどう思う?」

 声を潜めてマリーが試すように聞いてきた。おそらく同じことを思っている。単に答え合わせしたいだけだな。

「信用されてると思うぜ。二人が調べて作った地図と、わたされた地図では部屋の位置が三つほど違うけどな」

 帝国軍人のマリーと、ミランダの召喚獣が調査した地図の方が正確だ。俺は国王からわたされた地図を、丸めて放り投げた。

 どうせそこら辺にいるラットが噛みちぎって判別不能の紙くずにしてくれる。

 

「じゃあこれからは手筈通りに動くね」

「よろしく。薬は用意しているが、イタカのような回復力はないから無茶はするな」

「わかってる」

 走って走ってやっと着いた東の塔。西の塔の消火活動で兵士はいない。今がチャンスだ。

 立ち止まることなく、マリーは東の塔へ駆けこみ、最上部を目指した。

 俺は塔の入り口で仁王立ち。邪魔が入らないように見張った。

 

 後はマリーが無事に出てくるのを待つだけだ。

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