第23話 それが結末なら

 オレは歩いた先で蝋燭を見つけた。

 赤い蝋に金色の装飾が施された蝋燭が、悲しくなるくらい美しく輝いている。

 揺らめく炎が手招くままに、オレは蝋燭を掴んだ。


 冷たいのに、暖かい。これが心だというのなら、きっとリンの物だからだ。

 オレは、蝋燭から溢れる炎に目を閉じた。


(こんなにも暖かいのに、どうしてアンタは孤独なんだ)


 可哀そうに、なんて云ったら怒るのだろう。その人形のように美しい顔で。


 ***


 オレが目を開けると、線香臭かった。

 どこかの仏具店のようで、目の前には太宰とリンがいる。


 能天気そうな面を提げた太宰に対して、リンはこの世の終わりのような顔をしていた。


「ほら、云ってごらん」


 太宰はリンに何かを促す。けれど、リンは何も云えずに顔を覆った。

 オレは太宰に事情を聞こうとしたが、唇に指を立てて何も答えない。


 オレが仕方なく、リンに聞こうとしたが、リンはいつの間にか姿を消していた。

 異能を使って逃げたのか……と思うと腹立たしい。でも、不思議と追いかける気は起きなかった。


「太宰、どうしてここに居るのサ」

「敦君と谷崎君があまりにも狼狽えるから、可哀そうになってしまってね」

「嘘をつきよ。どうせサボりの理由に出て来たんだろうに」

「おや、バレてしまったかい」


 太宰は悪びれる様子もなく笑った。

 国木田はあまり好いていないが、太宰が製造・押し付けする心労は同情する。


 太宰はオレ外套コートとかけた。

 彼を見上げると、「その恰好では寒いだろう」と云われ、自分が傷だらけの事を思い出す。


 探偵社に向かう道すがら、オレは太宰に聞いた。


「リンが捕まったら、どうなるんだろうねぇ」


 太宰は空を見上げて「さぁね」と答えた。

 答える気が無いのは分かっていた。今回の事件、リンが全てやったとしても被害者の数は十人は超えていた。更に、リンの異能の下層空間には、まだ喰われていない人間の残骸が残っていた。


 リンは、余裕で死刑になるだけの人を殺している。


「でも、捕まることは無いだろうね。あの子は偽るのはとても上手だ」

「暗殺者だから?」

「そういう環境で育ってきたから」


 太宰の短い言葉で、リンの冷遇は想像がついた。

 オレはそうか。とだけ返す。


 ならばきっと、彼はどこかで身を潜めるのか。若しくは自分の追っ手を切り捨てて、あの獣の餌にするのか。


 どちらにせよ、釈然としない終わり方をした。

 これは幕引きにしては雑が過ぎる。



「太宰、これは終わりと云えるのけぇ」



 リンは得られるものもなく消えた。

 オレは異能に気づき、自身の自由を知った。


 こんな不平等な贈り物ギフトを結末に、横浜は日常の一つとして片付けるのか。

 太宰は「これが結末だ」と云った。オレの方は、一度も見てくれなかった。


 ***


 与謝野の治療を終え、少しばかりの休養をして、オレは探偵社と別れを告げる。

 沢山の土産を持ち、前と同じような笑顔を張り付けて、国木田の仏頂面を見上げる。


「いやぁ、ようやく解放されて良かったわぁ。なんせ手紙一つで探偵社に監禁されるたぁ、誰も思っとらんからね! ようやく田舎に帰るってもんよ。あ~あ、ここまで長いったらなかったなぁ~」

「厭味ったらしく云うな!」

「はーぁ、疲れたぜ。国木田の怒号は毎日続くし、分刻みの予定呟くから頭に残るし。アンタって、もっと黙って仕事しとる性質タイプじゃと思っとったがねぇ。お喋りさんとは知らなんだ」

「いいからさっさと帰れ。最後まで文句を云わんと気が済まないのか」


 国木田は、最後まで眉間に皺を寄せていた。

 異能者としての自覚は忘れるなだの、異能を操作出来るように自分でも練習しとけだの、説教臭いことを云う。


 谷崎が「あれ、心配してるかけだから」とさりげなく教えてくれたが、直後に国木田に睨まれて縮こまっていた。


「ちゃんとやるサ。それくらいは、ね」


 オレは国木田の顔の見た。きちんと、目を合わせる。

 まだこれで合っているかは、分からない。



「お世話になりました」



 それでも、相手の顔が見れるのは、自分にとっては大きな進歩だ。

 国木田は表情を崩すことなく「気を付けろよ」と、オレの頭を撫でた。

 これが俗に云う父親のような、というヤツだろうか。それにしては硬くて痛い。一回で十分なのに、もう一度と思ってしまう。


 敦とも握手をして、「またお茶漬けを」といつかの約束をする。

 探偵社の面々に惜しまれて、オレは自分の帰る場所へと帰路についた。



 駅のホームで、新幹線を待つ。よそ見をしていると、黒い帽子の小さな男とぶつかった。


「すまねぇな」

「気にしぃな」


 男は帽子を押さえてホームを歩く。

 オレが何となくポケットに手を入れると、上等な服の切れ端が入っていた。

 リンが着ていたものだと、すぐに見分けがついた。

 オレが男を探そうとしても、男はどこにもいない。


『こいつを頼んだ』


 切れ端には滲んだ字で書かれている。


 けれど、オレはリンが何処に行ったかなんて知らない。どうなったかさえも。

 リンの服の切れ端に目を細めた。

 彼の名前は、丁度着いた新幹線の車輪音でかき消される。


 ***


 田舎の図書館。

 東の窓の傍に、書棚に立てかけた脚立の上で本を読む。

 誰にも知られず、暖かい光の中で読む本は、オレの楽しみだ。


 此処を知るのは、あの種田の御仁、ただ一人。


 ――その筈だった。



「あの、お仕事を教えてくれませんか?」



 オレの前に現れた、短期就労アルバイトの少年。

 お人形のような顔に、もう一度聞きたいと願った声が、オレの前にある。


「まだ来たばかりで、よく分かんないんです。笹船渡さんなら、教えてくれるって」


 その笑顔は、その仕草は、最後に見た時よりも人間味を帯びていた。

 オレは気が付いたら笑っていた。本当に、自然に。

 オレは本を閉じて脚立を下りた。


 自分より少し低かった身長は、同じにまで伸びている。


「……アンタ、名前は?」


 そう聞くのが精いっぱいだった。

 彼はくすくすと笑った。その笑顔は、呪いが解けた少年らしいものだった。


「ボクの事、忘れちゃったの? ……お人形さん」


 彼のエプロンからちらりと見える服は、少し欠けていた。

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異能者隠れんぼ 家宇治 克 @mamiya-Katsumi

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