第21話 異能の本質

 喧嘩なんて、したことない。

 孤児院にいた時から、『いい子』であろうとしていたから、野蛮な事は避けてきた。


 孤児院を出て、個性を捨てた世を歩き、変だと云われる様になっても、それだけは変わらない。


(とはいえ、人殴んの怖すぎん?)


 リンの剣撃のことごとくを避け、前に出ても狼に阻害される。

 異能の操作コントロールは出来るようになったが、完璧とは云い難く、少しでも気を抜くと、直ぐに剣や歯牙の餌食となる。


 一進一退の攻防戦とは程遠い、『臆病者チキンの無謀な戦い』の振る舞いだった。


「ほらほら! さっきの威勢はどうしたの!」

「うるっさいねぇ、隙を窺ってんのぉ! 今ぁ!」

「避けてばかりじゃボクを殺せないよ! それとも出口の蝋燭探し? 時間の無駄だよお人形さん!」


 リンの云う通り、しれっと蝋燭を探して異能空間を見渡してみたが、途方もない世界を当てもなく探すのは、蓬莱の珠の枝を探すようなものだ。


 リンから聞き出す? 死んでも口を割らない奴に何を尋ねても無駄だ。


 オレはリンと狼の猛攻を避けながら云った。


「ああ畜生。羨ましいなぁ、その異能。辛いことがあれば此処に逃げ込めんだろ。いざという時の隠れ家にもなるんデショ。空間の勝手知ったるは一人だけ、有利なんも、一人だけやんね」

「ボクの仕事はほとんど夜だ。暗い所から奇襲仕掛けたって、ボク自身が怪我をしたら作戦は崩れる。幽体化で攻撃無能? 夜しか使わないなら、そっちが良かった」


 オレは異能を解き、ようやくリンの顔に拳を飛ばす。

 予想していたが、リンはそれを難なく避けて、意地悪な顔で笑う。



「お互い無いものねだりしてんなぁ」

「異能が逆なら、違ったかもね」



 リンの下からの一撃を、異能で避ける。ただ、少し遅かったようで、服の切れた所から薄ら血が滲む。


「何時まで持つかなぁ。出血多量で死ぬか、渾身の一撃を喰らうか」

「その前にオレがアンタを倒すのは?」

「万が一にも有り得ないよ」


 飛んで、跳ねて、軽い体を動かして、リンの動きを読む。

 次は恐らくこう来るだろう――それが分かっても、反撃に繋がらない。


 何とか攻撃してみても、リンは簡単に避けてしまう。

 思ったより、危機ピンチなのではないだろうか。


「ねぇ、お人形さん。死ぬ前に伝えたい事とかないの?」


 リンがふと聞いてきた。

 遺言、というやつだろうか。


「何時もなら聞かないけどね。今日は気分がいいから聞いてあげる。誰かしら伝えたい人は居るんでしょ。探偵社の人?」


 ――伝えたい事、ねえ。


 お世話になった人も、仲のいい人もいる。

 性格が悪いとか、思考が捻くれているとか関係なく、オレには、何かを伝えたい人は居なかった。


「居ないねぇ、残念だケド。云い残したとか、これだけは云っとかんととか、無いんよ。云い残した事は、大体が云わなくていい事だろうし。伝えたい事は、伝えたく無い事だから。必要あらん」

「へんてこだね。楽でいいけど」


 異能を重ねて使う事で、オレはあることに気が付いた。

 リンから見える色は、異能を使っている時にだけ視える。怒りは赤、悲しみは青。

 分かり易くていい。彼の心も、自分と連動しているかの様な伝わり方をする。



 愛されたい。認められたい。


 どうしてボクがこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。


 ボクも褒められたい。


 撫でて欲しい。


 どうしたらいいの?


 あと何をしたらいいの?


 どうしたら喜んでくれる?


 どうしたら笑ってくれる?



「『お願い、こっちを向いて』」



 リンの心の悲痛な叫び。

 リンは「どうしてそれを!?」と、オレの喉へと剣を振るう。

 オレは異能ですり抜け、リンの懐に入った。



「分かるよ。その気持ち」



 リンが目を見開いた。彼の瞳に自分が映る。

 リンは避ける間もなく頬にオレの拳を受けた。



 リンは軽く吹き飛んで、背中を叩きつける。

 リンが倒れたことで、狼も姿を消した。異能生命体を維持する集中力が無くなったのだろう。



 オレは倒れたリンに手を伸ばす。殴った手が、ひりひりと痛んだ。


「昔はそうだった。認めたくないから、愛は幻だと思い込んだんだ。考えると辛いから、望めば望むだけ、苦しいと知ったから」


 リンは、殴られた頬を押さえて、状況が読み込めないでいた。

 オレは、他人の事が云えないくらい自分勝手だ。

 勝手に怒鳴って、貶して、莫迦な事をした。


 自分に正しくしていたのはリンの方だ。

 オレは、リンにかつての自分を重ねて、抑え込もうとしただけ。

 自分が正しいと、思いたかったのだ。


 リンの心に触れて、リンの怒りを見て、ようやく理解した。


オレが間違ってた。愛はある。誰にでも愛される資格はある。ただ、その相手は自分が思っている人と違うだけなんだ」


 リンは起き上がり、ぼうっとオレを見る。

 オレはしゃがんだ。手を差し伸べたまま。


オレたちは、云えんかったんよな。ちゃんと、周りと同じく」



 ――『私を見て』

 ――『私は此処にいるよ』



 それだけで良かったんだ。

 気が付くには、些か物騒すぎた。

 リンはようやく理解すると、剣をオレに渡した。


「ボクを殺して」


 彼の願いは、余りにも望みと正反対で、頭が真っ白になった。


「こんなに無様じゃ、首領ボスの元に帰れない。殴られただけなのに、戦意喪失とか。マフィア失格すぎるでしょ……」


 リンは無理やりオレに剣を握らせると、自分の喉に突き立てた。


「早くしてよ。此処までお膳立てしてあげたんだ」

「いや、極端すぎやしないかね。オレァ殴っただけサ。それしかしとらん。殴られたから死ぬ? 冗談はおよしよ」



「一瞬だけ。本当に一瞬だけ、『お前なら、ボクを解ってくれる』と思っちゃったんだ」



 敬愛するのは首領ボス一人。

 愛してくれるのも、認めてくれるのも、彼だけでいい。

 それ以外の人間に心が揺れるのは、間違いなのだ。


 リンの心は律するように繰り返していた。

 だから、自分を理解してくれたオレに心が揺れたのが、許せないのだ。


 オレはそうか、と云って剣を握る手に力を入れた。

 剣は重くて、切っ先が安定しない。少し間違えば、リンが苦しむことになる。

 息を整え、オレは剣を振るう。

 目を閉じ、己の最期を悟るリンは、本当に、人形のように美しかった。



 ――カラン。



 手から落ちた剣が、音を立てた。

 リンが薄らと目を開けると、「どうして」と聞いてきた。

 リンは、前髪が少し切られただけで無事だった。

 自分が生きてる事に、悔しそうにしている。


「どうして殺してくれないの!」


 オレは、頭をガシガシと掻いてそっぽを向く。



「だって、クリスマスケーキ、食べたいんだもん」



 理由が浮かばなくて、適当に答えた。

 一人で食べるには多いが、二人ならちょうどいい。

 オレは、彼の目をみて、もう一度云った。


「ホントに一緒に食べん? オレ、一緒に食べんのアンタなら嬉しい」


 彼が死なないなら、それでいい。

 こんな理由が嫌なら、それっぽい理由を作ればいい。

 でも、リンに偽りたくはない。

 これでいいなら、そうしたい。


 リンは気が抜けたように笑った。


「あは、何それ。……ケーキのために生きろっての? 一回食べたら終わることに? あはは、本当にお人形さん。何にも分かってない」


 リンは笑いながら、涙を浮かべた。


「うん、でも食べたい。ケーキ今まで食べたことない。お金とか、何に使っていいか分かんないし」

「そうだよなぁ。自分で手に入れるって、よう分からんし」


 リンはオレの手を取り立ち上がる。

 そのまま、良い話で終わればよかった。

 オレは、余計なことを考えてしまったのだ。


「リン。アンタの異能って、『異能空間で殺した相手の異能を奪い取る』ことよなぁ」

「そうだよ」



「死体の処理って、どうしとんの?」

「してないよ? 



 ――あ、マズい事聞いた。


 自分の異能は、『暗闇でのみ幽体化出来る』。そして、リンの攻撃を受けまくった体。

 浅いとはいえ、かなりの数を受けた。

 そして、異能も使えるだけ使った。


 異能がバグを起こすなんてことは無いだろうが、若しも――



 ――オレが『死んだ』判定されたら?



 それに気が付いた時には遅かった。

 足元から黒い泥の様なものが溢れ出し、身を包み込んでいく。


 リンは見たことが無いようで、飲み込まれているオレより驚いていた。


「なにこれ!」

「異空間に吸収されてる? 分からんケド」

「ちょっと! どうしよう!!」


 リンがオレを引っ張ってくれるが、体はどんどん飲み込まれていく。

 ついにリンが手を離し、オレは異能空間に取り込まれた。


「お人形さん!!」


 可哀そうな子供の顔が、オレが見た最後の景色だった。

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