第20話 芽吹く

 リンに切られたのに。

 逃げられない距離の一撃を喰らったのに。


 オレは生きていた。


 知らぬ間に異能が発動して、死の一撃を逃れたのだ。

 リンは激昂した。


「お前なんかに何が分かる! 居場所を持ったお前なんかに! 居場所が無い奴の気持ちなんか!」


 人を殺した数だけ、望みに近づける。

 首領ボスの命令を聞いただけ、希望に進める。

 望みを叶えていけば、言うことを聞いていれば――


「いい子にしていれば、ボクはそこにいてもいい。ボクだって、愛されてもいいんだ!」


 ――嗚呼、なんと哀れで醜い心。


 欲望に塗れたお人形は、人にも戻ることもないだろう。

 その前に、楽にしてやった方がいいんじゃないだろうか。



(いや、満たせない心を満たしたいだけ。それはオレも同じだ)



 やり方が分からない。今までのやり方を変えて、失敗するのが怖い。

 本当に心が満たされるのか。本当にそれでいいのか。

 オレも、同じ不安の前にいる。


 無関心でいれば、何も怖くない。

 心が無ければ、傷つくこともない。

 今のままが楽だ。だってそうやって、生きてきたのだから。


 これからも、そうやって生きればいい。



「逃げるなクソガキ!!」



 オレは力の限り、リンの足を蹴り飛ばした。

 横からの力に耐えられず、リンは転んだ。けれど、すぐにバランスを取って、剣を振り上げる。

 オレはふわりと跳ねて、攻撃を躱した。

 流石は幽霊、といったところか。跳躍の距離が肉体を持っている時の比ではない。

 羽の様に軽やかで、宙に留まる長さも面白いくらい長い。


「死んでるお人形さん如きに、このボクが負けるとでも!」


 リンはオレを追いかけては剣を振り回し、本気で殺そうと躍起になる。もう、異能のことさえどうだっていいんじゃないか。そう感じるくらいの剣幕で襲ってくる。


 オレは、リンの滅茶苦茶な動きが、可哀そうで可哀そうで仕方が無かった。


「そんなに動いても、オレあたりゃせん。そんなに必死になっても、お偉いさんに褒められることもあらん」

「うるさい! 次の仕事で、ボクは褒められるんだ!」




褒めてもらうんだ!」




 彼の渇望は、自分自身で埋められるような大きさではない。

 他者が補ってやれる、大きさでもない。



(埋めてやれるのが、オレであったなら……)



 我ながら、貧乏くじを引く癖には呆れてしまう。

 苦しい思いをした。これからは苦しまないようにしよう。

 そうやって心を消した。



 ――でも、楽に生きるのはもう少し先延ばしでいいや。



 オレは異能を解除しようとした。

 異能を解かないことには、リンの攻撃を受けない利益メリットより、攻撃が出来ない不利益デメリットの方が大きかった。


 オレの異変に、リンは意地悪く笑った。


「あれぇ? どうしたの?」

「異能を解こうとしてんだがねぇ。これがまた上手くいかんのよ」

「ようやくボクに異能をくれる気になった? 待ちくたびれちゃったよぉ」

「違ぇわ。お前みたいな非情野郎ハァトレス・ドォルとは、拳で語った方が早かろうが」

「むかつく。ボクに力で勝てると思うなよ、お人形さん!」


 ***



 ――異能なんか、なければ良かった。



 そう思わずにはいられない。

 どんなに良い子にしていたって、どんなに頑張ったって、木陰に行けばオレはいなくなる。

 オレがいなくなれば、ご飯もお八つも貰えない。


 お腹空いた。ちょとだけ食べたい。


「自己責任でしょ」と云われたら、それで終わってしまう。


 それらの辛い思い出が、異能のせいだと思えば腹立たしい。

 異能が幽体化だと知れば、自分なんか生きてても死んでても同じだと、落胆してしまう。


 誰がオレの『辛い』を受け止めてくれる?

 誰がオレの『苦しい』を受け止めてくれる?




 誰が、オレの『消えたい』を抱きしめてくれる?




「生きても夜になれば死人。死んだら言わずもがな。なら、オレがすべきは何処にあるかねぇ」

「ボクに殺されたら分かるんじゃないの!?」


 オレが考え事をしていると、リンが剣を振りかぶる。

 脳天から真っ二つにする一撃すら届かないのだから、異能の凄さには感嘆が漏れる。

 でも異能を制御コントロール出来ないのであれば、ただの死人だ。この異空間を漂う海月くらげだ。


 でもさっき、リンを蹴り飛ばせた。

 つまりは異能の発動条件――『暗闇に居る』以外にもある筈なのだ。

 そうでなければ、日陰なんて曖昧な所で姿が見えなくなる事なんて無い。


「いや、本当にそれだけかもしれんなぁ。特別なこともしとらんし」


 でも、ああどうしてだろう。どこからともなくやって来て、胸に居座る『消えたい』気持ち。

 邪魔くさくて、居心地悪くて、何がしたいんだろう。


(あっち行ってくれんかね。消えたかろうが消えたくなかろうが、オレはここにいるんだよ)


 そう思った時、リンの剣が肩を掠った。

 紙で切るような鋭い痛みの後、追って来る熱が皮膚の表面に沁み渡る。

 オレが肩に触ると、血が指に付いた。


「異能が……」

「解けた……なぁ」


 オレも、リンも異能の解除に驚き。喜んだ。


「これで心置きなく君を殺せるよ」

「やぁっとアンタを殴れるぜ」


「さっきまでイライラさせられた分、苦しませてあげる」

「愛情とか知らんが、これで目ぇ覚めるといいな?」


 お互いに火花を散らして睨み合う。

 愛を望む子供の殺し合いが、ようやく開始された。

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