第18話 心に傍寄る強さ

 ──相手の目を見て話す。

 ──相手の目を見て、きちんと話す。



「見れる状況なら、やってんだわぁ!」



 オレはつい叫んだ。

 リンの猛攻から、兎に角逃げ回っていた。

 時に避け、時に異能でかわし、どこかにあるという異能空間を出るための蝋燭ろうそくを探す。


 最初は応戦するつもりだった。本当に『つもり』だったわけだが。

 リンは前と同じファルシオンを握っている。けれど、今回は剣が変異することは無かった。


 代わりに、真っ黒い狼を連れている。

 柘榴石ガーネットのように輝く双眸そうぼうは、綺麗よりも恐ろしいがまさる鋭さがあった。


 新たに奪い取った異能だろうか。リンは狼を、長年連れ添っていたかのように従えている。



 剣術に優れた少年と、彼に忠実な狼が襲ってきたら、ほとんど使い道のない異能持ちの短期就労者アルバイトは逃げる他ないだろう。



「ホンッット無理! 無理じゃって! どこで捕まえてきよったその犬っ!」

一昨日おととい、異能者から奪ったんだ。暗闇空間に真っ黒な狼はよく馴染むし、従順な狼はボクの命令にも絶対従う。最高だよね。暗がりから襲ってくる見えにくい狼なんてさ!」

「ふざけなやぁ! 元居た所に返してらっしゃい!」



 ぎゃあぎゃあと、夕暮れ時の鴉の様に喚いても、暗闇に消える体に一つたりとも傷はつかない。

 狼の歯牙が胸で音を鳴らす度に、リンの鋭い剣が首を通り抜ける度に、惨めな思いが、オレの心の縁からみ出でる。



「どうして、お前なんかが……」



 リンは歯ぎしりをして、そう呟いた。

 とてもとても悔しそうな、重い一言で、オレは彼に向き合った。



「愛されてるって? 馬鹿も休み休み云っとくりゃあ!」



 振り返った勢いで、オレはリンの顔を思いっきり、叩いてしまった。

 白い肌がじわじわと赤くなっていく。自分の手のひらも、ピリピリとした痛みとストーブに触れたような熱さが広がった。


 リンは叩かれた頬に触れ、オレを睨みつけた。オレは今、初めての『心』に全身を震わせる。


「あんたがどんな生活してっか知らんけどな! あんたがどんな思いで生きてきたか知らんけどな! オレの今までが、全て幸せだったなんて思うなよ!」


 食べたかったケーキ。目の前に居たのに与えられた罰則。欲しいものを飲み込んで、微笑む彼らから目を閉ざした。

 自分の心すら、見ることを辞めたこの悔恨を、此奴には『幸せ』に見えるのか。



「……羨ましいなぁ」



 気がつけば、オレはこんな事を零していた。


「良いよなぁ。褒めて欲しい人がいるのってサ。認めて欲しいものがあるんだもんなぁ。オレみーんな諦めた。ぜーんぶ忘れた。その方が楽だったから、全部ぜーんぶ捨てた」


 一度は頑張った。

 いや三度くらい、自分も褒めて欲しくて頑張った。

 朝の掃除も、お昼ご飯の片付けも、小さい子のお昼寝の準備も。

 ご飯を抜かれても、知らないことで怒られても、泣かずに我慢して、笑ってみせた。


(全部無駄な努力だった)


 生きているのか死んでいるのか、分からないこの異能が、忌まわしいほどついて回る。


 リンが欲しいと云うのなら、笑顔で譲ってやりたい。それで彼が褒められるのなら、きっとオレは満足だ。

 けれど今は、死ぬには惜しいと思ってしまう。


 オレは笑った。いや、勝手に口角が上がった?

 面白いことなんてない。けれど、顔が笑っている。どういう事だろうか。



「やっぱりあんたもオレと同じだよ。非情野郎ハァトレス・ドォル



 オレオレを、偽るのを辞めた。

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