第15話 ここにいる意味は
探偵社の
遠くから聞こえる話し声が、
『
『次こそ捕まえてやります』
『しかし、芽吹の異能が……』
寄せては返す波のように声は途切れ、大事なところだけ聞こえてこない。だからこそ、余計に自分の中で焦りが膨らんでいく。
「……消えたい」
何度も願って、叶わなくて。でも叶っていて。
望んでいない形で自分の望みを形にしていた異能は、どうしてこんなにも役立たずなのだろう。
この気持ちは、何と表すべきなのだろうか。
ベッドから下りて、
だからこそ、誰かに引き止めて欲しかった……なんて、残念にも思う。
***
外に出た
目的もなく、理由もなく、ただ赴くままに、足を片方ずつ前に出した。
ふらふら、ふらふらふら。
足が勝手に歩いていった先は、
とはいえ、田舎の図書館よりも広く、置いてある本も膨大な量だ。
見慣れた本もあれば、初めて見る本もある。
何となく目に付いた本を取り、東側の窓の近くの椅子に座る。
すっかり癖づいているらしい。
無意識に、
そう考えると、自分のあのお気に入りの場所が、忌々しく見えてしまう。
明るくて心地よい温度と、丁度いい脚立が、嫌になってきた。
自分の前の椅子に、誰かがストンと座る。
「元気そうやな」
「世間話するほどの仲じゃあらんかったような気がするがね」
図書館で出会った御仁──種田は、薄く笑っていた。
「
そう云えば、種田は少しの沈黙を置いて頷いた。それが、何だか腹立たしかった。
「何で黙ってたのサ」
「時期じゃなかった」
「でもアンタは知ってた」
「職業柄でな」
「最初から教えといてくれりゃ、こんなに苦しまんで良かったのに」
「だから今、教えなくて良かったと思っとる」
こんなにも、苦しい思いを抱えているこれが、御仁にとって最良? 馬鹿馬鹿しい。
(苦しい思いをしとる身にもなっとくれよ)
なんて、滲ませたところで、黒い感情に呑み込まれるのは自分だけ。
(──相手にするのも、馬鹿らしい)
「そうかい」
物言いたげだが、
けれど、彼の人の思惑も、自分の中の感情も、何も分からない
***
公園のベンチで、膝を抱えて海を見ていた。
日陰の下で、誰にも気づかれることなく、
沖に立つ白波も、陽光に反射する光も、穏やかで
雲の流れる様以外に、時間を知るものは無い。だからより、ずっと眺めていられた。
歯に当たって、カロコロと鳴る甘い音。
視界の端でパタパタと揺れる足は、「つまんなーい」とため息をつく。
「こんな所で海なんか見て。君はこんなのが楽しいのか?」
「……乱歩、さん」
どうして此処に、いや、そんな事を云ったところで、乱歩にはお見通しだ。
「君はどうして此処に居る」
乱歩は
けれど、乱歩は「君は莫迦だな」と云った。
「違う。僕が聞きたいのは、今君が此処に居る理由じゃない。何故探偵社に来て、敵の異能者と戦い、忌々しい自分の異能を知った後でも、横浜に残るのか、だ」
「…………それは」
悔しいことに、
理由なんて
云い淀み、挙句、口を閉じてしまった
「君がここに来たのは?」
「タネダの御仁の、手紙を届けに」
「君はどうして仕事に参加した?」
「だって、探偵社に一週間も閉じ込められちったんだぜ? 外に出たくなるわいな」
「リンに会った時、君は彼をどう思った?」
「えぇ……? えっと、お人形みてーな見た目してんなぁって。でも、やっとる事が惨たらしくて、自分勝手じゃんね」
「自分の異能を知って、どう思った?」
「……消えてなくなりたい。そんな願いが、異能なんて形で叶ってたのは、無念極まりないよ」
「じゃあ今、君はリンを、どう思ってる?」
────あ。
乱歩は見抜いている。そしてそれを、本人に問いかけていた。
乱歩の薄ら開いた目が、「早く答えろ」と云わんばかりに
「……彼は、
リンはずっと、誰かの愛の為に力を欲していた。
彼の底知れぬ行動力と執着心。聖母像を睨む姿も、焦るあの様子も、立てられた爪に歪ませたあの顔も、
かつて
だからこそ、よく分かる。
あの冷たさも、悲しさも、寂しさも。
「乱歩さん。
「君が彼をどうするかなんて、僕が決めることじゃない。君自身が考えるべきだ」
「だよねぇ」
「でも、僕は名探偵だからな。助言だけしてあげよう」
乱歩はベンチから下りると、
「もし君が、彼を動かすつもりなら、君の異能が鍵になる」
乱歩はそう云って、何処かへ行ってしまった。
キラキラと輝く海は、手を伸ばしたくなるほどに明るくて美しい。
日陰の下は、自分にとって心地よい居場所だ。けれど、今は……。
「
消えてしまいたい気持ちは、もう少し蓋をしておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます