第13話 隠された異能

 敦と芽吹が聞き込みに行って、しばらく経った探偵社で、太宰は鼻歌を歌いながら一枚の紙を眺めていた。

 国木田はそれを見掛けると、「何をしている」と声を掛けた。太宰は待っていたとばかりに笑う。


「いやぁ、もう必要無い物が出て来たからね。捨てようかと思っていたのだよ」

「必要無い? ……真逆まさか、報告書の類じゃないだろうな!」


 国木田がしかめっ面で、太宰の手から紙を引ったくる。太宰は頭の後ろで手を組んだ。

 国木田は紙の内容に驚愕きょうがくした。


 そこに書かれていたのは、芽吹の異能と発動条件、誰に狙われているのか、その理由などが、詳細に載った一枚なのだ。


 国木田には、太宰がそれを何処で手に入れたのか、見当もつかない。けれど、彼女が自ら届けに来た種田の封筒を、すぐに思い出す。


「紙をくすねたのか?」

非道ひどい云い方だなぁ。伏せておくべき情報を隠しただけだよ」

「何故そんな事を!」

「芽吹ちゃんがすべき事を、成し遂げる障害と成りうるものだからさ」


 太宰は紙をつつきながらそう話す。

 国木田は納得出来なかった。太宰はそんな事を気にもせず、話を続ける。


「彼女は自分の異能を、他者の手ではなく、自分の力で知るべきだ。君はきっと、敦くんと同じように彼女を見ているだろう。けれど、彼女は自分の異能と、向き合う必要がある」


 そこに他人が介入すべきでは無いと、太宰は云った。

 国木田は、芽吹の異能にため息をつく。


「……『厄介だが、強力。扱いにくく、便利』とは云い得て妙だ。これは、苦戦するだろう」

「そうだねぇ。けれど、相手はそこに書いてある『心の無い人形ハァトレス・ドォル』だ。苦戦するのは、芽吹ちゃんの方だよ」


 太宰はどこか遠くの景色を瞳に映す。国木田は、神妙な面で芽吹の異能に、納得した。



「だから時々、姿が消えたのか」



 ***


 今、確かに首を斬られた。……筈なのに。

 オレは驚いて、首をさすった。体と繋がった首に、血も痛みも無い。

 リンは苛立ったように頭を掻き乱す。


「君ってば、知らない振りしてタチが悪いよねぇ。ホントは知ってたんでしょ。自分の異能」

「……いいや。知ってたんなら、日常生活で乱用してただろうサ」

「ムカつくなぁ。その態度も、その余裕も」


 リンは剣を握り直し、高く構える。

 リンが飛び出して来る前に、オレも腰を落として、逃げる体勢を整えた。


「折角ご招待してくれたとこ悪ぃんだけど、仕事もあるし帰りたいんだわ。出口教えとくれよ。勝手に帰るから、見送り要らんし」

「残念だね。君がここから出ることは出来ないよ」


 リンは跳ねるように前に突き進む。


「ボクの異能力──『悪食の蝋燭ろうそく』は、『異空間内で殺した相手の異能を奪い取れる』異能なんだ。勿論、閉じ込めておく事も出来るよ。右も左も、上も下も、前も後ろもないこの真っ暗闇に、死ぬまでね!」


 オレは咄嗟に、体を捻って剣を避けた。けれど、リンは着地して直ぐに、片足をバネに体の向きを変える。そのまま腕を突き出して、オレの喉に剣を刺そうとした。


「異空間を出る方法はただ一つ。空間のどこかにある蝋燭ろうそくを手に入れること。不規則ランダムに現れる蝋燭は、この空間に入らなくちゃ分からない。知る事が出来るのは、このボクだけ」


 オレは、重心を後ろに引いて剣を避ける。だが、バランスを崩して尻もちをついた。

 リンは突き出した腕を、そのまま振り下ろして、オレを真っ二つにしようとする。



「大人しくボクに! 君に、帰り道なんか無いよ!」



 オレがギュッと目を瞑ると、ガチンッ! と音がして、剣が体をすり抜けていた。

 ここでようやく、自分の体がどうなっているのか理解した。




「す、透けてる……!?」




 リンは舌打ちをする。「これだから君の異能は」とぼやいた。

 オレは自分の体を、ぺたぺたと触って確かめる。敦も驚いてオレに手を伸ばした。

 けれど敦の手と、オレの手は触れることなくすれ違う。


 こんなの、まるで──……



「死んでるみたいじゃないか」



 オレがそう呟くと、リンは「そうだよ!」と叫ぶ。


「君の異能は、『暗闇でのみ、体を幽体化出来る』異能力! どんな物理攻撃でも、強力な異能攻撃でも、触れなければ無意味な玩具もの! もちろん不利益デメリットは君自身も触れない事。でもそんなの関係ないもんね」


 リンは剣を振るう。剣はまた、蛇の頭をとなってオレに襲いかかる。敦がオレを庇って、蛇の頭を弾いた。

 リンは敦の力に大きく揺らぐ。けれど、体幹が良いのか、直ぐに体勢を戻した。


「ボクの空間はとても暗い。君の異能は、ボクにはぴったりなんだ。攻撃を受け付けないで、一方的に相手をなぶり殺せる。君の異能は、ボクには無敵の異能力ちからなんだ!」


 リンは両手を広げ、子供のように振舞った。

 クルクルと回って、オルゴールに踊るお人形のような美しさを持って。

 対称的に、オレはがく然とする。

 幼少期の理由に初めて気が付き、孤独の意味を知ったのだから。

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