第6話 犯人を探せ

 初の公式外出。


 冷たい風に乗ってくる美味しそうな匂いに、目を引く小物の可愛らしさ。少し足を止めて、見に行きたい所ばかりで困ってしまう。あれもこれも気になるが、今は我慢しなくては。


 人通りの多い道で、敦は一生懸命に聞き込みをする。彼から少し離れた所で、オレ欠伸あくびをした。

 オレだって、最初こそ真面目に聞き込みに参加していた。だが、敦が怖い男たちに絡まれたり、お喋りな主婦に捕まったりと、大小問わず厄介事トラブルを引き起こす。それを助けるのが続いて、今は『敦のおり』がオレの役目となりつつあった。


 かといって、怠けるつもりは無く、聞こえてくる話に耳をそばだてて、メモを取る。

 けれど入ってくる情報は乏しく、曖昧あいまいなものばかりだ。それもそのはず、消えた現場を直接見た人も、誰が近くにいたかも知る人は居ない。

 目撃者は皆、口を揃えてこう云った。



『気がついたら居なかった』



 ──もう、聞き飽きた。


 ***


 海を臨むベンチに座り、風にそよぐ水面をぼうっと眺める。近くで見つけた移動販売のクレープを頬張りながら、時間を潰す。


「中島くんは、あれだな。あんまりにもなぁ、絡まれやすいというか、厄介事トラブルを持ち込むというかなぁ」

「うっ、別にわざとじゃ……。笹舟渡さんだって、途中から聞き込みしてないじゃないですか」

「どっかの誰かを、助けなくちゃいけんからなぁ」


 オレはそう云って敦を揶揄からかうが、本当は飽きただけだ。

 地道な作業が、この仕事の基本だ。普段のオレの仕事と早々変わりない。


「笹舟渡さんは、図書館で働いてるんでしたよね」


 沈黙に耐えかねた敦が、話題を投げた。オレは「そう」とだけ返した。だが、敦の方から何も返ってこない。

 これで会話が終わるかと思った。


「ど、どんな事をしてるんですか? ほら、図書館のお仕事って、あんまり想像出来ないっていうか」


 敦が頑張って会話を繋げる。図書館の仕事なんて、大体予想はつくだろう。だが、敦の努力を潰すのも申し訳ないので、適当に答えた。


オレ短期就労者アルバイトだからなぁ。やってんのは簡単な仕事だけサ。訪れた人が置いていった本を、元の棚に、題名タイトルを五十音順に、並べる。本に埃が溜まらないように、はたき掃除をして、日焼けを落とす。──それを延々と繰り返す」


 それだけだ。気まぐれに手に取った本を、傷の確認と称して、表紙を開く。そして、一ページずつ、丁寧にしていく。

 それが、人の少ない田舎の仕事。怠けたところで、誰も叱らない。


「……お気に入りなんだ。館内の東側が。天井の近くに、高い窓があって、そこから差し込む光が、床に窓と同じ形を描くのサ。人気ひとけが無くてな、静かなんだ。そこで読む本は、格別面白い」


 ──じんわりと肌を温める日差しの中、本を読み耽る楽しみが、オレの幸せだった。とてもささやかで、人によっては分からないだろう。

 けれど、敦は馬鹿になんてしなかった。


「分かりますよ。すごく小さくて、自分だけの幸せってありますよね」


 敦はそう云って、孤児院の話をしてくれた。ほんの少しだけ。一杯の茶漬けのことを。

 美味しかったと語る彼は、懐かしむような、古傷を隠すような目をしていた。

 オレは、この話を聞いてはいけなかったような気がした。けれど、聞かなくてはいけない気もしていた。


「その茶漬けは、美味うまかったか?」

「はい」

「……オレも作ってみるかねぇ、茶漬け。あんまり食べた気がしなくて苦手だが、それは食べてみたい」


 それを食べれば、彼の気持ちが理解出来るかもしれない。なんて、妄想を抱く。

 敦はおすすめの茶漬けを教えてくれた。オレはうんうん、と彼の話を聞いていた。




「見ぃつけた……」




 ふと気づけば、少し離れた所に一人の男の子が立っていた。服装全体が黒いが、ショートパンツとニーソックスが良く似合う、人形のような顔立ちの男の子だ。

 彼はオレの方に歩み寄る。


「やっと見つけた。ボクねぇ、ずぅっと君を探してたんだぁ」

「……は?」


 意味の分からない事を云われ、オレは彼を睨み上げる。しかし、彼はそんな事もお構い無しに近づいてきた。

 男の子はオレに両手を広げて、屈託のない笑顔で云った。



「ボクのお人形さんっ!」



 ──あ、まずい。

 彼に触れたら、。そう直感したが、動くには遅かった。

 彼の手は、オレの頬を包み込もうとしている。喉の奥が、乾いた音を立てた。


「うぐぇっ!」


 襟を掴まれ、強い力で後ろに引っ張られる。体が浮き、少年から勢い良く遠ざかる。

 敦が、オレを労りつつ、敵意剥き出しにする。少年は驚いたような、面白いような風に目を見開いた。


「うわぁお! 凄いすごーい! 今のすっごく良かったよぉ! 速くて全然見えなかった!」


 少年は言葉とはそぐわない乾いた拍手を送り、ぴょんぴょんと跳ねてみせる。

 オレは咳き込み、首裏に毛皮のようなものを感じる。

 敦がオレから手を離すと、彼の手は白い虎の腕となっていた。


「これが、異能?」


 人とは違う獣のそれに、オレの好奇心がくすぐられる。

 色々と聞きたいことがあるが、それどころではない。

 少年はニコッと笑い、オレを見つめる。


「良いねぇ。君には守ってくれる人がいて。良いなぁ。その異能も」


 少年は敦に目を向ける。

 そしてまた、その細い腕を伸ばした。



「ねぇちょーだい?」



 子供のように無邪気で、悪意に満ちた笑顔が恐ろしかった。

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