第5話 擦り合わせ

 先の爆弾発言の後、オレと探偵社陣で会議を放り出して、状況の擦り合わせが始まった。


「えっと、名前は合っているか?」

「そこから疑うのけぇ? 笹舟渡芽吹は、オレの名前だ」

「年齢、誕生日、性別、血液型、違うところは?」


 国木田に渡された、自分の個人情報プロフィールにさっと目を通し、「無い」と返却する。


「顔写真が違うとかは?」

「無いな。あんたが見てる顔と、違う様に見えんのけぇ?」

「実は他人の個人情報プロフィールとか」

「何が悲しくて、他人と入れ替わんなきゃいけんのサ。それに今確認したばっかだろうが」

「…………整形したか?」

「はっ倒すぞ糞眼鏡くそめがね


 オレが立ち上がると、向かいの太宰が「まぁまぁ」と、オレなだめた。


「異能力者本人が、異能力を知らない事は多々ある事だよ。敦君だってそうだったじゃないか」

「うっ……。その件は、申し訳ございません」

「社長だって、そうだったんでしょ?」

「ああ。探偵社が創立するまで知らなかったそうだ」



「なら、気がつくまで待とうじゃないか!」



 ──はぁ?

 オレは呆れ、皆は驚き、国木田は怒り狂う。太宰は満面の笑みで、「そうしよう!」なんて呑気に云った。

 普通に教えてくれても良いと思うのだが、異能と云うのは、使う本人以外は、あまり他人には判らないものらしい。

 ──本人が知らなければ、意味が無いとも思うが。


「呑気な事を云っている場合か! 『敵の手に渡れば困る』と書いてあっただろう! どのような異能でも対処出来るよう、広い何処どこかで、異能を試せば良い!」

「とは云え、彼女が自分の異能を知らなければ、どの様に作用するかも、どんな条件があるかも判らないだろう? それに、長官の手紙を引用するなら、彼女の異能については、『厄介で強力。扱いにくく、便利』と書いてあったじゃあないか」

 ──何それ。まるで面倒臭い彼女みたいな異能だ。

「うふふふ。見てからのお楽しみというやつだよ。面白そうじゃないか」


 太宰はそう云うと、私に微笑みかける。どうにもいけ好かない。オレは「そうだな」とだけ、返した。


「はぁ、仕方ない。異能が分からない以上、芽吹の護衛はつけるべきだな。で、誰にするんだ」

「それは、ボクと敦くんで良いンじゃないですか? それとも与謝野さんにします?」

オレの護衛なんて、要らないだろうよ」


 護衛の話は聞きたくなかった。またこの探偵社から出られないのかと思うと、うんざりする。

 別に守って貰う必要なんて無い。本人に異能が分からないのなら、効果はおろか、使うことも出来ない。──使えなければ、ただの凡人だ。


「使えない異能を利用しようなんて、考える奴は居ないだろうサ。それに、オレもまた閉じ込められるつもりは無いからねぇ」


 勝手にしよう。次いでに帰ろう。……なんて都合良くいく筈も無い。

 国木田が「駄目だ」と口をへの字にする。


「お前のことは、種田長官から直々に保護するよう書かれている。そして俺の手帳に、お前を事件に巻き込む予定は無い」

「巻き込まれる予定がないなら、帰っていいな?」

「事の大きさが判らないのか? 今横浜で起きている事件は、人が消える。忽然と。跡形もなく。その事件に巻き込まれたら」

オレが巻き込まれたから何だって? 別に何も起きゃしないよ。分かるかい? この世から一人消えたって、世界は『いつも通り』動くんだ。オレが居なくて困るやつなんて、どこにも居ないサ」



「君が事件に巻き込まれると、事態が深刻になってしまうのだよ」



 オレが会議室を出ようとすると太宰がいきなり口を挟んだ。かと思うと、先刻さっきとは違って、真剣な眼差しをオレに向けた。


「君の異能は君自身も、誰も知らない。長官の文言を見ても、予想がつかない。この事件は今は人が消えるだけ。異能者が巻き込まれているだけだ。けれど、長官が『君を守れ』と云ったって事は、私が予想する限り、この事件の犯人は、他人の異能を利用することが出来るんじゃないかな」


 太宰は半開きのドアを閉め、オレの前に立ちはだかる。逃げ場のないまま、その場に立って彼の話を聞いた。


「君の異能は『厄介だが、強力。扱いにくく、便利』らしい。先刻さっきも云ったが、異能なんて使い方次第だ。君の異能は、使い方によっては強力なんだよ。少なくとも、敵にとっては」


 ──そこまで云われると、何も言い返せない。

 オレはぐっと唇を噛んで、席に戻った。国木田がため息をついて、護衛の話を進める。

 太宰の云う通りなら、オレは大人しくしたほうがいい。けれど、社内に閉じこもるのは、やっぱり嫌だ。


「国木田ぁ」

「国木田『さん』な。何だ、芽吹」

オレがその犯人探しに参加したら、駄目かねぇ」

「駄目だ」

「必ず探偵社の誰かと行動する。何かあったら直ぐに連絡する。危険だと判断したら逃げる。この規律ルールを守っても駄目かねぇ」


 犯人を早く捕まえて、軍警に突き出せば、オレは早く自由になる。探偵社としても護衛だけに人員を割かずに済む。一石二鳥だろう。

 何とか国木田を説得──ほとんど駄々をこねた──し、オレは一定の条件の元の自由を勝ち取った。


 拳を突き上げるオレの後ろで、太宰はタプタプと携帯電話で電子文書メールを送る。


『芽吹ハ、事件ノ捜査ニ参加スル予定デス』


 短い文章でつづられたそれに返ってきたのは、更に短い言葉だった。




『予想通リ』

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