第4話 すれ違い
何も変わらない世界。
商店街の喧騒も、ご近所の夫人方の井戸端会議も、さっきと同じ事の延長線上にある。今しがた、人が消えたなんて、到底信じられない平和な街で、敦の後ろを呆然として歩いている方が、おかしいのだろうか。
「中島くん。異能力ってのぁ、こんなにも普通にあるもんなのかぇ?」
「う〜ん、僕がそういう環境に居るってだけかもしれないけど、意外と近くにあるものなんじゃないかな」
「……異能力って、こんなにも非科学的と云うか、物理法則を無視してくるようなものなのかねぇ?」
「う〜〜〜ん……。それは…………何とも」
「
異能力者に「異能とは?」なんて問うたところで、明確な答えなんて返ってこない。どういう仕組みかも、どういう理屈かも、使っている本人にすら解らないのだから。
「こういうものだ」としか、云い様が無いのだ。それを「そうなのか」と、無理矢理納得するしかないのだ。
抜け出した時とは違って
「あら、お帰りなさい。皆さん会議室に揃ってますわよ」
そう云われ、
「それでさぁ、財布を川に落としてしまったのだよ。国木田くん、お金貸して?」
「断る! どうせ返ってこないだろうが!」
「最近は派手な事件が少ないねェ。
「そろそろ田植えの時期ですねぇ。今年はいっぱい実るといいなぁ」
「あのぉ〜、そろそろ会議始めませンか?」
おろおろとする谷崎と、怒り心頭の国木田。
新聞の死亡記事に恍惚とした笑みを浮かべる探偵社の専属外科医──
てっきり会議の途中に割って入ったと思っていたが、まさか始まってすらいなかったとは。
ふと、国木田と話していた男と目が合った。黒い
彼が『太宰さん』だろうか。彼は目が合ったかと思いきや、気がついたら
「やぁ麗しき人。君の瞳は新月の夜のように美しい。どうか私と心中してくれないか?」
──ああ、こいつが『太宰さん』だ。
「っくぅぅ〜! 結構痛いじゃないか」
「そらそうサ。思っくそ殴ったんだから」
国木田がこっそりガッツポーズをしている。
「
「笹舟渡芽吹、だったね。私は太宰。
「何だ。知ってるのけぇ」
ようやく会議が始まる雰囲気になり、
しかし、誰も怪訝な顔をしない。国木田が苛立って来たので、仕方なく敦と一つ離れた席に座った。
静かになり、ようやく国木田が、会議を始めた。
「先月ほどから、ここ横浜で突然人が消える事件が起きている。職種は民間企業から、政治の
全く知らない人間の写真に、名前がついていくのは、ちょっとだけ面白かった。
「そしてこの一連の消失事件、その九割が異能力者と云う事が判明した」
──異能力者が?
周りの空気も、少し緊張を帯びてきた。
異能力者が消えるなんて、よっぽどの事なのだろう。異能力なんて森羅万象を捻じ曲げた様な力だ。ある程度の縛りや不自由はあるが、それを除いても人知を超えた力であることに変わりない。
そんな力を持った人間が
「有り得ないですよね?」
「この前の争いだって、自分の空間に転移させる異能を持つ子が居たんだろう? それと同じさ。だが、私たちが心配すべき点は、人が消える事だけじゃない。そうだよね、国木田くん」
「そうだな。この事件の問題は、『消えた人が戻ってこない』事だ」
「……戻って来ない?」
「この男は、『三秒だけ時間を巻き戻す』異能力を持っていた」
「三秒だけ、って。何に使えるってのサ。
「芽吹ちゃん、異能なんて使い方次第だよ。若しも君がその異能を持っていて、駅に居たとする。君の前には嫌いな人が立っていたとしよう。その三秒後に電車が来た。奴は電車に乗る。殺意があった場合、その異能は神様からの贈り物に感じられるだろうね」
太宰の例え話に、
「異能力は、とても地味で使い道が分からない様なものだったとしても、使い方によっては世界を
知ってるだろうけれど、なんて太宰は云う。
与謝野が国木田の方を向く。
「つまり何だい。
「そう云う事です。芽吹の警護も並行する為、動ける人数は減りますが」
「芽吹ちゃんなら、一人か二人で十分じゃない?」
「太宰、若しもの事があっては大変だ。芽吹が事件の被害者になれば、それこそ」
「
会議の途中に挟まれた言葉に、
さっぱり分からん。
「何で
「種田長官からの手紙を持って来ただろう。何も聞いてないのか?」
「あ? あのおっさん、『タネダ』って云うのけぇ」
「……あぁ、
「だが、長官と面識があるのなら、知っているのではないか?」
「それは無いよ」
会議はいつの間にか
仕方なく、同じく議論に入れない敦に「どういう事だ」と聞いてみると、敦は少し困った顔で話した。
「えぇと、笹舟渡さんが持って来た封筒には、今回の事件に関する資料の他に、笹舟渡さんを保護してくれと云った内容の手紙が入ってたんです」
「そりゃまた何で」
「え? それは自分が良く分かってるんじゃ」
「何それ? は? 意味分からんね」
意味深な笑顔で、「芽吹ちゃんの異能は?」なんて尋ねてくる。
「異能力? はぁ、持ってませんケド」
国木田が手帳を落とした。
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