第3話 吃驚追いかけっこ

 賑やかな商店街に身を任せ、オレは軽やかな足で歩く。

 オレが育った田舎とは違い、横浜の街は何でもあり、人も多い。

 買い物する主婦の声に、呼び込みの店主の声。往来する途切れぬ車に、彩り鮮やかな商品をずらりと並べた店先。

 目の前で宝石のごとき輝きを放つ世界は、心が躍ってしまう。このまま帰りたくないとすら思ってしまうほどに。


 唐辛子の根付を買って、携帯電話に早速付ける。服屋を見て回り、本屋にも顔を出してみる。

 そういえば、ここは中華街があるんだったか。赤レンガ倉庫なるものもあったような。図書館だって、田舎のものの比では無いほど大きいだろう。

 行きたいところ、行ってみたい所に思いを馳せて、オレ恍惚こうこつとした笑みを零す。


「は〜ぁ。最高ってのはの事だな。此のまま帰ってしまおうか。うんうん、そうしよう」

「あれ、笹舟渡さん?」


 しばらく街中を放浪ほうろうして、気になった店で肉饅にくまんを買った。ちょうどその時、オレは敦に見つかった。

 敦はまだ 探偵社に居るはずオレが、外に出ている事に気がついていない。

 お互いに見つめ合って三秒経った。ようやく敦が驚いて叫ぶ。ちょっと遅すぎる気もするが、ちゃんと私が外に出ていることに気がついた様だ。


 オレ肉饅にくまんかじって、街を駆け抜けた。驚く人々を押し退けて、賑やかな街にざわめきを残す。

 オレに驚いた店の主人が果物を辺り一面に零したり、跳び越えられた園児の列が道を往生したり、運はオレの味方をしていた。

 だが敦はオレが人混みに紛れようと、道を変えて騙そうと、根気強く追いかけて来た。

 体力も人一倍あるのか、どんなに走っても速度が落ちない。むしろ加速してきているみたいだ。このままでは、オレの方が先に疲れてしまいそうだ。



「……っと、危ねっ!」



 意識が逸れたまま走っていたら、思わず道路に飛び出してしまった。急停止する車のボンネットを跳び越えて、運転手の怒号に空返事する。残りの一欠片を口に放り込んで、オレは路地へと逃げ込んだ。

 敦が何か叫んでいたが、良く聞こえていない。オレは敦を撒こうと、かく路地の向こうへと走った。


 だが、封筒を届けただけの田舎者が、土地勘もない横浜を、感覚だけで逃げているのだ。知識もないのに家を建てるような無謀をしているのだから、行き着いた先が袋小路なんて、当たり前だろう。


 来た道からは、「ささふなどさぁ〜ん」なんて、敦の疲れた声がする。逃げ道を無くし、途方に暮れていると、「遅かったな」なんて声を掛けられた。

 横浜に知り合いなんて居ない。私が声の主を見れば、案の定知らない金髪の男で、暖かい日に黒いコートを羽織っていた。

 男はコートの内側に詰め込んだ、白い粉をチラつらせる。


「捜しもんはこれだろ? その前に金を寄越しな」

「おうおう、わりぃが兄ちゃん。オレはアンタと取引するような仲じゃねぇと思うんだがな」

「あ? お前、使じゃねぇのか?」

「何ら関係ねぇな」


 男に気を取られているうちに、敦がオレの前に現れた。流石に疲れたようで、肩で息をして額の汗を拭う。


「はぁ、はぁ。だ、駄目ですよぅ。ほら、早くこっちに……」

「何であんな処に閉じ込められんといけねぇのよ。オレは好きにさせてもらおうね」

「駄目ですって! 笹舟渡さんは、事件の」


 ──事件の?

 興味深い話が敦の口から零れた。私が目を丸くすると、敦は慌てて口を塞ぐ。



「なぁ、オレが事件の、何だって?」



 敦に詰め寄ってみれば、敦は白粥の様に血の気の引いた顔で、首をぶんぶんと横に振った。そこまで云ったなら、答えて貰わなくては。


「探偵社に閉じ込められてた理由が、その、何かの事件に関係してるって云うのけぇ?」

「いいいいえっ そんな訳じゃ!」

「云え。オレが、ずぅ〜っと探偵社に置かれてる理由は、何なのサ」


 どうして閉じ込められた? どうして外に出られなかった? 誰も教えてくれないその理由を、どうしても聞きたかった。

 オレは何をした? オレが何をした!?

 ずっと気になり、いずれ出てくる筈の答えはお預けのまま。もう、待つのは飽きた。


 オレ敦に詰め寄ると、後ろで服が落ちる音がした。

 その方向を見やると、先程まで居た筈の男が居ない。代わりに、男が着ていたコートだけが、その場に残っていた。

 そう云えば、新聞にも載っていた。あちこちで、人がいきなり、消えてしまう──事件が。


「なぁ、中島くんや。今、男が消えたことにも、オレは関係あんのかい」


 オレが尋ねると、敦は観念した様に頷いた。

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