第2話 嬉々として脱走

(…………完全に飽きたなぁ)


 長い一日は、まだ半分しか過ぎていない。そろそろ皆が昼休憩に入る頃、オレは手にしていた本を、テーブルにぽんと投げた。

 オレはソファーに寝転び、うんと背伸びをする。結末を知った本を読み返す気にもならず、今朝の新聞を読んでみたが、何も面白くない。どこぞの会社の偉い人が失踪しただの、興味もない政治家が突然消えただの、「だから何だ」といった内容ばかりで退屈極まりない。

 かといって、外に出ようとすれば、必ず誰かに見つかって、ソファーに戻される。


 寝返りを打ち、ソファーの上でぐうたらしていると、「お茶でも」と、穏やかな顔つきの少年が、芽吹に声をかけた。

 谷崎たにざき潤一郎じゅんいちろうという彼は、「何が良いかな」と余る袖を揺らした。オレは、意地悪するつもりで「結構サ」と返した。


「悪いが、お茶より外出がいいなぁ。お勧めはあるかい?」

「え? いやァ、外出は駄目ですよ」

「ほぅ。何でまた、駄目なんだろうなぁ?」

「や、それはちょッと云えなくて……」

「云えない。けど外には出せない? 理由が無けりゃ、オレは勝手に動くケド?」

「それは〜、困りますッて」

「知ってるだろうがね、オレはさる御仁に頼まれて、手紙を届けに来ただけなんだ。なのに、一週間もここに留められてる。分かるかい? 伝令者メッセンジャーなんだよ。ただの、な」




 一週間前、芽吹はバイトしている図書館で会った知り合いに、一つの茶封筒を渡された。そこには宛名も何も書いていない。ただ薄い封筒の底がほんの少し膨らんでいて、何かの情報媒介があるんだろうと察していた。


『武装探偵社の福沢という男に届けてくれ』


 それ以外は何も聞かされていない。仕方なく届けに行けば、その福沢は探偵社の社長だった──知らずに思いっきり呼び捨てにした──し、その場で封筒を開けたかと思えば、家に帰してもらえなくなった。

 理由を何度尋ねても、濁した答えが帰ってくるばかり。もう聞き飽きた。


「そうだ。納得する理由を教えてくれよ。そうしたらオレも、大人しくしてるかもなぁ」


 そうわざとらしく云えば、谷崎は目をグルグルと回して言葉を詰まらせる。それが面白くなって、もう少し揶揄からかってやろうとするが、国木田に手帳の角で頭を殴られた。

 痛みに体を引っ込めると、谷崎もホッと胸を撫で下ろす。国木田は眉間に寄せられるだけのシワを寄せた。


「うちの社員をいじめるな」

「おう、オレを閉じ込めとくのは合法セーフか?」

「事情があると何度云えばいい」

「その事情を教えてくれと云っただけサ。それすら許されん?」

「教えられないとも云っただろう」

「堅物め」


 オレが悪態をついても、国木田は口をへの字にしたままだ。だがもう、いい加減にして欲しい。本当に少しでいいから、外に出たい。


「別に良いだろうよ。一寸ちょっとそこに買い物に行くくらい。毎日毎日、此処ここの医務室の寝床ベッド借りて寝るのも辛い! 監視のためにお前らの内の誰かが、此処に泊まってんのもしんどい!」

「文句を云うな。我慢しろ」


 何を云っても突き放される。国木田と話すと全部押し問答だ。「お前の為」だ? ふざけるな!


 ふとひらめいた。

 オレはソファー席を立ち、探偵社を出る。国木田は「何処どこに行く気だ!」と怒鳴るが、オレは冷めた目で彼を見る。


かわやに決まってんだろ。あぁ、心配か? 何なら、ついてくるか? 助平すけべ野郎」


 軽く揶揄からかうと、国木田は顔をたこの様に真っ赤にして固まる。


「な、んな! 俺が、こんっ……」

冗談ジョークに固まんなよ。反応に困んだろうが」


 思った以上の効果に、オレの方が照れてしまいそうだ。

 追い出すような仕草をされて、廊下に出る。ドアを閉めて、オレは探偵社を振り返った。



「…………にひっ」



 思わず変な笑いが漏れてしまう。

 音を立てたら気づかれるので、昇降機エレベーターは使わずに、階段の手すりを滑って降りる。

 一度着地する時は、慎重に、つま先だけを階段につけて、体勢を整える。それを四階分繰り返し、オレはようやく、念願の外に出ることが出来た。

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