異能者隠れんぼ

家宇治 克

第1話 芽吹と探偵社

 小さな町の、小さな図書館。

 年寄りすら来やしないような、静かな場所。そこで働きながら、こっそり本を読むのが好きだった。

 館内の東側、文学が並ぶ書棚の一角。天井近くにある高い窓から差し込む光が、床に窓と同じ形を描く。そこが一番のお気に入りだ。人気ひとけが無く、一番静かなのだ。

 オレ──笹舟渡ささふなど芽吹いぶきは、高い脚立の上で、書架に背を向けて、気になった貸出本を、読みふける。本を棚に戻すだけの仕事は退屈で、これがまた、丁度良く時間を潰せて快適なのだ。

 だが、今日ばかりは怠けさせては貰えないらしい。



「おう、相変わらず不熱心な態度やな」



 丸坊主スキンヘッドに丸眼鏡の御仁ごじん。こんな田舎の図書館でごく稀に見かける、おじさんだった。

 会う度に二言ふたこと三言みことの会話をするだけの関係で、相手の年齢も、職業も、名前すら知らない。

 けれど、今日はいつもより、多めの会話をした。


「頼みがあるんや」

「頼み、けぇ?」


 彼の人は、茶封筒を脇に挟んでいた。



 ***


 国木田くにきだ独歩どっぽが激怒した。

 必ずあの包帯無駄遣い装置に、今日こそは仕事をさせてやる! と決意していた。

 国木田の熱意は分からない。……特にオレには。


 探偵社にある面談スペースのソファーを陣取り、オレは本を読んでいた。息荒く手帳に何かを書き込む国木田に、オレはため息をつく。


「ちょいちょい、国木田ぁ〜。意気込むのはいいが、空回っちゃいねぇか?」

「俺の予定は完璧だ。空回ることは絶対に無い。あと国木田『さん』だ。ちゃんと敬称をつけろ。そういう所をきちんとしないと、社会に出てから苦労するぞ」

「はいはい、ご指摘どうも〜。だがよぉ、アンタがう、その包帯無駄遣い装置『さん』は、とぉっくにいねぇようだがねぇ。どうやって仕事させんだ?」


 オレはそう云うと、ニヤニヤと笑って、かの机を指さした。

 白髪の頓痴気とんちきな髪型の少年の机の隣、「整理整頓って知ってるか?」と聞きたくなるほど、物が散らばった机には、誰も座っていない。そもそも、朝から空席だ。国木田は声にならない叫びを上げて、頭を掻きむしった。


 国木田という男は、真面目だがそれ故に面倒な性格をしていた。オレが知る限り、彼は肌身離さず手帳を持ち、そこにある予定通りに動いている。

 朝八時きっかりに探偵社に来て、秒針まできちんと時間を合わせて仕事を始める。四日前、腕時計が五秒早いことを指摘した時は、泡を吹いて倒れた。彼にとって、予定通りとは命と同じ位に大事なのだろう。


「ま、まぁまぁ! 落ち着いてください。ほら、太宰さんのことだから」


 白髪の少年──中島なかじまあつしは、引きつった顔で国木田をなだめる。怒った国木田が怖いのか、飛び火を恐れているのか、定かではないが、国木田の怒りの鎮静を試みていた。

 国木田も「む、そうだな」と穏やかになったかと思うと、また怒りが再燃する。


「どうせ奴のことだ。入水か飛び降りか、どこぞで拾い食いをしてるか、毒でも飲んだか首でも吊ってるかだろうな!」


 ──その太宰、というのは、一体どんな奴なんだろう。


 オレは運が良いのか悪いのか、彼らの云う「太宰さん」という男に会ったことがなかった。話を聞く限りでは飄々ひょうひょうとしていて、頭が切れる。自殺嗜好があり、度々変なことをするらしい。だが、それ以外は何も知らない。毎日出社しているらしいが、一度もそれらしい姿を、見たことがない。


「なぁ、中島くんや。その『太宰さん』てのぁ、そもそも今日は来てたのけぇ?」


 本に飽きて、芽吹は敦の傍に寄る。敦はパチパチとパソコンを打ち込む指を止めると、「見てないですね」とはたと気がつく。


「 敦! あの大莫迦者おおばかものを引きずって来い!」

「えぇっ!? ぼ、僕がですかぁ!」

「探偵社の中にいる敦はお前だけだろう」

「あ、じゃあオレも行こうかね。国木田、いいだろぅ?」


 オレがそうお願いするも、国木田は「駄目だ」と一蹴する。可愛い顔をしてみても、国木田はその仏頂面を解くことはない。


「お前は探偵社から出るな」


 そう云って、敦を『太宰さん』探しに行かせた。何ともケチ臭い男だ。オレは国木田の背中に舌を出し、ソファーに戻る。そしてまた、同じ本を読み返した。

 かれこれ一週間、こればかりを繰り返していた。オレは、探偵社から出られない。

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