六日目 こんな一日だって


 この日は、僕が先に起きた。

 朝九時。にも拘わらず、瑞希は隣でだらしない顔をしながら寝ている。起こすつもりもないので、僕はそんな瑞希を放っておいて一人洗面所に向かった。

 

 冷たい水で顔を洗って、先に洗濯機の中身を取り出してベランダへ向かう。今日は洗濯を干すには絶好の天気だった。

 二人分の洗濯物をパパパっと干すと、今度はキッチンへ。瑞希はまだ起きる気配がない。

 というより、いざ自分が家事をすると、本当にいつも瑞希に助けられているのだなと感じる。支えあえていることを、今この状況になって痛いほど理解している。


 いつも瑞希は何を作ってくれているっけ。

 そんなことを思いながら卵を溶いたり、野菜を洗ったりして。

 フライパンに火を通して、卵を炒って。

 洗った野菜を切って盛り付ければ、それだけでサラダが出来る。


 気が付けば、いつも瑞希が作ってくれているような朝食が出来上がる。なんだかんだ、僕と瑞希の思っていることは一緒らしい。

 と、その時に寝室でごそごそと音がするのが聞こえる。たちまち瑞希が眠そうに目をこすりながら、リビングに入ってくる。まるでいつもの僕だ。


「おはよ~・・・」


「おはよう。よく寝た?」


「うん、おかげさまでね」


「朝食、出来てるよ。食べる?」


 僕の問いかけに対して、瑞希は返事の代わりに一度コクンと首を振って、のそのそと席についた。それを見て、僕も自分の椅子に座る。


「なんだか、新鮮だねぇ・・・。アキ君の朝って、こんな感じなんだ」


「いつも瑞希に助けられてるってのが、よくわかったよ。それよりほら、食べてみてよ。味、気になるしさ」


 僕が促すと、瑞希はいただきますと呟いて一口パクリと箸を進めた。

 それから僕の方をまっすぐ見つめる。何かもの言いたげだ。


「ど、どうだった・・・?」


「・・・。うん、美味しいよ。びっくりしちゃった。味付けまで私が作るものに似てるんだもん」


「え、そうかな」


 改めて僕も食べてみる。そこで初めて、似ているのはメニューの組み合わせだけじゃないということに気が付いた。

 味の奥底まで、瑞希の朝食に似ている。ここまでくると、本当にオカルトを信じたくなるレベルだ。

 そんなところまで、僕と瑞希は繋がっているんだなって、そんなことをしみじみと思う。


「ほんとだ、そっくりだ」


「別にレシピとか残してないし、作っている工程を見せたりなんかしてないよね?」


「うん。多分、直感的に僕が瑞希の味に寄せるようになってるんだと思う。ここまでくると不自然だね」


「ま、美味しければいいってことで」


「そうだね」


 結局はそうだ。このそっくりの味が悪い事であるはずがない。

 ・・・いざ一人で朝食を食べないといけない時が来て、その時に瑞希の味を思い出したら、きっと僕は悲しんでしまうと思うけど。


 そこからは言葉もなく朝食は進んだ。

 けれど、いざ自分が作ったものを誰かが美味しそうに食べている姿を見たら、それだけで幸せになれるような気がした。きっと瑞希も毎日そんなことを思っているはずだ。そうであったら嬉しいっていう、僕の気持ちの押し付けに過ぎないけど。

 

 そうして、穏やかな朝は過ぎていった。


---


 それから僕たちは、ずっと何もしなかった。

 済ませれる家事は全て済ませて、あとはボーっとダラダラと。


 軽く昼食を済ませてしばらくして、瑞希はソファの上でスース―寝息を立てる。それに寄り添うように、いつの間にか僕もカーペットに転がって眠っていた。

 起きたのは午後三時半くらい。気が付けば、僕の身体に一枚薄手のタオルケットがかかっていた。

 まだ重たい体を起こしてみると、瑞希が慈しみの瞳で僕の方を見ていた。その瞳の前に惹きこまれて、僕は言葉を失う。


「・・・あっ、起きた? おはよ」


「うん、おはよ。タオルケット、ありがとね」


「いつも頑張ってくれているんだもん、休む時はしっかり休んでほしくて」


 恥ずかしがる素振りもなく、瑞希はそんなことを口にする。照れるのは僕の方だ。

 別に、傍から見たら照れることでもなんでもないと思うけど。

 でも、誰かに褒められたり感謝されるのって、やっぱり嬉しくて、ほんのり恥ずかしいものだ。

 

 そんな素振りを悟られる方がもっと恥ずかしくて、僕は無理やり話を逸らす。


「それより、瑞希はちゃんと休めてる? 体は大丈夫?」


「うん、大丈夫。それに今日は普段より少し調子がいい。ゴロゴロしたいと思ってた日に限ってこの体調って、なんかもったいない気もするけどね」


 そして瑞希はアハハと苦笑。言ったら悪いが、その通りだ。

 でも、こうやってダラダラしたいっていうのも、瑞希の願いの一つ。ちゃんとそう出来ているなら、それでいいじゃないか。

 割り切った僕はそれを言葉にする。


「でも、これだって瑞希のやりたいことでしょ? それが出来てるなら、いいんじゃないかな?」


「そうだね。今日も今日とて大事な一日だ」


 瑞希はしっかりと僕の言葉の本質を分かってくれたようで、ポンと一度手を叩いた。 

 それから一度体を伸ばして、すっくと立ちあがる。僕より早く起きていた分、意識はしっかり覚醒しているようだった。


「この後は買い物に行く予定だったよね。アキ君、あとどれくらいで準備できる?」


「あと20分経ったら行こう」


「了解」


 元気よく瑞希は返事をして、家のマイバッグを取りに向かった。本当に元気そうだ。


 やっとわかった。

 もう、「これがいつかは・・・」、なんて考えるのはやめよう。今は今、明日のことは明日考えればいい。悲しむのは、今が変わった時でいい。


 僕たちは、変わらない今を楽しめばいいんだ。



---


 買い物へ向かう。

 晩御飯のメニューは僕の好きな瑞希のハンバーグ。作るのに時間がかかるからこういう日でしか楽しめない。だから、なかなかテンションが上がる。


 どうでもいいことを話しながら店内を回る。冷蔵庫の冷気が強いところにいたのか少し肌寒そうにする瑞希に密着したりして歩く。

 もう、バカップルなんて言われても仕方ない。それだけ、僕は瑞希のことが好きなんだから。


 途中、僕は気になることが合って足を止めた。


「? どうしたの?」


「いや、明日瑞希のご両親の家に行くのにさ、何か買っていったほうがいいのかなって」


「いいよいいよ、そういう事気にする質の人じゃないし」


「そんな気はしてるけどさ・・・。なんかこう、釈然としないっていうか」


「んじゃ、きんつば買おうきんつば。二人ともあれ好きだし」


 瑞希の提案で僕たちは特産品のコーナーへ向かう。

 僕がそうまでして二人への贈り物を気にするのにはちゃんと理由があった。


 多分、ちゃんとした状態で二人の下を来訪できるのは、今回が最後かもしれないから。

 だから、形はちゃんとしておきたかった。これから二人で最後までいる許可が欲しかった。二人にできるだけ悲しんでほしくなかった。

 きっと、瑞希は気づいてないんだろう。だから、これは僕だけの思いとしてしまっておこう。


「どしたの?」


「なんでもないよ、行こう」


「うん」




 明日は、どんな日になるだろう。

 願わくば、涙は流れないでほしい。

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