三日目 隣で君が笑うなら

「結局、昨日何も出来なかった・・・」


 次の日の朝、朝食を終えてまた瑞希は机に突っ伏していた。とはいっても、熱は引いてるし、体調は特別悪くなさそうに見えた。

 だからこれは多分、落ち込みっていったところかな。


 頬をふくらませている瑞希の隣に座って、僕はその頬をツンツンとした。


「何してんのくすぐったいよ」


「そんな残念そうな顔しないで、今日何するか考えよう?」


「・・・そだね」


 瑞希は体をガバッと起こして、んーっと背伸びをして元気よく声を上げた。


「よしっ、今日は昨日分まで遊ぶぞー!」


「OK。それで、今日は何をしたいの?」


「近郊のアウトレットに行ってみたいかなぁ~・・・。この間出来た新しい店のパンケーキ、結構話題になってるからそこに行ってみたいのと、あとはウインドウショッピングかな」


「分かった。それじゃ、車の準備でもしましょうかね」


 僕は、数少ないステータスの中で車の所持というステータスを持っていた。僕たちのいる街は交通網が比較的発達しているから、車を持っていなくてもどうということはない。これは僕のプライドみたいなものだ。


「アキ君さ、車にはこだわってたよね」


「瑞希と出会う前の数少ない趣味だったからね。今は貯金をするためにあまり手を出さないでいるんだけど」


「そっか・・・」


「やめよやめよ、この話」


 話が留まる前に、僕はすぐに話題を打ち切った。

 暗い未来を考えるよりも今を楽しみたい。

 それを二人とも分かっているから、この話は必要ないと思った。


「それじゃ、ドライブデートも兼ねて、出発しますかね」


「おーっ!」


---


 車内では、何気ない時間が過ぎ去った。

 カーラジオから流れるヒットナンバーを助手席に座る瑞希が口ずさんで、それに心地よさを覚えながら僕は車を飛ばす。

 何気ない時間だけど、何気ない時間だからこそ、何よりも愛おしく思えた。

 

 そして、20分のドライブが終了して目的地へたどり着く。助手席から降りて、瑞希は気持ちよさそうにグーっと体を伸ばした。


「んーっ! 今日は天気がいいね」


「雲一つないからね。お出かけ日和ってやつかな」


「それじゃ、行列できちゃう前に並ぼっか」


「そうしよう」


 そして僕は瑞希の手をしっかりと握って、アウトレットの中にある瑞希の目的の店へと歩き始めた。

 平日だっていうのに、人は多い。やっぱりはぐれないように手を繋ぐのは正解だったかな。

 

 いまだに手を繋ぐことが少し恥ずかしく思えているのか、瑞希は少しだけ頬を赤らめている。僕はからかってやることにした。


「手を繋ぐの、恥ずかしい?」


「べ、別にそうじゃないけどさぁ・・・」


「そう? じゃあ、こうしてみるのはどうかな」


 僕は手だけでなく腕までしっかり絡めるようにした。瑞希の身体がさっきより一層近くなる。そしたら瑞希はやっぱり頬を赤くする。可愛いなぁ。


「は、恥ずかしいって・・・! 私たち、バカップルって呼ばれちゃうよ?」


「いいじゃん、バカップルでさ。ほら、そろそろ店つくよ」


 車を降りて五分も経たないうちに目当ての店に辿り着く。平日というのも相まってか、回転五分前の行列は行列と呼ぶほどでもなかった。


「ちょうどいいタイミングだね」


 なんて言って瑞希が笑うから、僕もそうだねと言って笑って見せた。

 そして、店の鍵が開くと同時に僕たちは店内へと入る。二人掛けの対面の席に座って、互いの顔を見合う。

 曇りなんて何一つない。今だけは、数日前の憂いなんて忘れ去っていた。


「それで、何を頼みたいんだっけ?」


「えっと、待ってね・・・そう、これこれ」


 ページをぱらぱらとめくって、瑞希はお目当てのパンケーキを指さす。そのパンケーキは、女性一人で食べるにはいささか大きなサイズに思えた。

 無神経な僕は問いかけてしまう。


「ちょっと大きくない? 食べれるの?」


「はぁ、馬鹿だなぁもう・・・。見て、アキ君。このページになんて書いてある?」


 呆れてため息を吐く瑞希が指さした文字を見てみる。すると、メニューの右上の方に『カップル用』と書いてあるのにようやく気が付いた。

 それを見て、僕はもう一度目線を瑞希に合わせる。


「・・・ハナから、僕と行きたかったってこと?」


「そうだよ? なかなかアキ君と休みが合わないから諦めかけてたんだけどね、今こうしてここにいる。だから、この運命にも少し感謝してるんだ。やりたいこと、やりたいだけできるしね」


 アハハと瑞希は笑う。その笑いにきっと嘘はないのだろう。

 ・・・でも、それはほんの僅かな有限の時の中でしかできない事だ。


「はーいアキ君、またブルーになった」


「あっ・・・」


「減点一、だよ」


 僕が暗い顔をしていることを察したのか、瑞希はビシッと頭にチョップを食らわせる。それでようやく僕も目が覚めた。


「それじゃ、ちゃっちゃと頼んじゃおうか」


「そだね」


 それから注文して十分くらいで目当ての商品はきた。デカデカとしたパンケーキが三枚重なり、上からしっかりとシロップがかかっている。頂点のイチゴとホイップもまた魅力的だ。確かにこれはそそるだろう。


「おぉ・・・写真以上だね」


「これ一人で食べるのは確かに難しそうだな」


「まーだ言ってる。もういいじゃん」


「あはは。・・・それじゃ、食べようか」


 いただきますとお互い小さくつぶやいて、目の前のパンケーキを切り分けて口にする。言わずもがな、美味い。美味くないはずなんてなかった。

 でもきっとそれは、最愛の人が向かい側に座っているから、という事も少なからず影響してると思うけど。


 この店への来店を希望した当の瑞希もなかなか満足そうに、一口食べては「んーっ!」と絵に描いたようなリアクションをしていた。その幸せそうな表情を見るだけで、僕はおなかいっぱいになってしまう。


「ん? イチゴ食べないの? そりゃ、いただき!」


「あっ、ちょっ!」


 などとぼーっとしているうちに、瑞希はフォークで僕のぶんのイチゴの一つを奪い去っていった。その子供っぽい無邪気さに、僕は少し苦笑いする。


「ぼーっとしてるのがいけないんだよ?」


「別に、言ってくれりゃあげるのにさ」


「え、じゃあもう一ついただいても」


「今度はダメ」


「ちぇっ、けち臭いなぁ」


 などと瑞希は不満を口にするが、その表情に不満があるとは僕には到底思えなかった。つまるところ、おふざけの一環だろう。


 そうして、パンケーキに負けないほど甘い甘い時間が過ぎていく。過ぎ去る時間のなか、僕は願ってしまった。ずっと、こんな時間が続けばいいのに、と。


---


 それからはグルグルと他の店を見て回った。

 あれ欲しい、これ欲しいなどいいながら結局買わず、見て満足するというのがウインドウショッピングの醍醐味。瑞希もそれで満足しているようだった。

 でも、僕にはどうしても一つ欲しいものがあった。


 瑞希がトイレに行っているその数分で、ハナから目をつけていたとあるものを買う。幸い、その姿を瑞希には見られていないようだった。


「ごめん、待った?」


「ううん?」


 トイレから出てきた瑞希に、変な動きをしていないことをアピールする。瑞希は疑う気持ちもなかったようで、そっかとだけ答えて、また僕の手を握った。


「それじゃ、続き行こっか!」


---


 日は落ち、車は走る。

 結局、朝の10時から夜に至るまで、僕たちはずっとそんなことを繰り返していた。当然、少しずつ体が弱くなり始めている瑞希には堪えたようで、行き道中とは打って変わって、瑞希はすうすうと寝息を立てて、助手席で眠っていた。それでも、幸せそうな顔をしてるんだから僕は満足だけど。


「・・・今日も一日終わり、か」


 日中、明日は仕事に来いと古里さんからメッセージを受けている。ずっと休むわけにもいかないので、僕はそうするしかない。

 でも、今日のことを思うと頑張れる。これから瑞希とやりたいことを思うと頑張れる。これまで苦痛でしかなかった仕事という行動に、ようやくモチベーションを見いだせた。


 一か月の終了まで、あと27日。

 それまで僕は、僕と瑞希は、どれだけの幸せを残すことが出来るだろう。




 やがて車はマンションのガレージへと戻る。

 しかし、車が止まっても、瑞希は一向に起きる気配を見せなかった。どうやら相当疲れているみたいだ。


「やれやれ。・・・子供だなぁ、ホント」


 苦笑して、僕は瑞希をおぶる。いつかおぶったことが少しだけあったけど、あの時より確実に軽くなってた。と言っても、その差は微々たるものだけど。

 瑞希をしっかりと背中に乗せて、僕は少々の荷物とともに家へと戻る。そしてまた昨日のように、瑞希をベッドに乗せた。


 今日はいつ目覚めるか分からないから、掛布団はかけないでおいた。それで逆に暑いなんて思われても嫌だし。

 そして僕は、眠っていて意識のない瑞希の左の手をそっと取り、その薬指に【リング】を嵌めた。

 そして少し触れる程度のキスを瑞希の唇に行う。


「・・・愛してるよ、瑞希」


 なんて、この言葉は届かないだろうけど。

 

 でも、瑞希は少しだけ嬉しそうに笑った気がした。


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