ハリボテの翼では 晴香
『はるかちゃん、おひさまみたいにキラキラだね!』
あの日のあなたの言葉が、あたしを作った。
そう言ってくれた笑顔の方がよっぽどキラキラしていて、だからあたしもそんな風になりたいって、心から思った。
あなたのそんな笑顔をずっと見ていたかったから、あたしは“お日様”になろうって決めた。
なのに。
ねぇ、
どうしてそんな目であたしを見るの?
やめてよ、眩しそうに、遠巻きになんて見つめないで。また昔みたいに、笑ってほしかったのに。その目をされると、苦しくて仕方ないよ。
* * * * * * *
あたしを太陽みたいだと笑ってくれた顔に会いたくて入学した地元の進学校で待っていたのは、分厚い雲がかかったような、どこか重苦しさを感じる面持ちの彼女で。
離れていた中学校の3年間で月奈に何があったのか、それは思っていたよりも簡単に突き止めることができた――それくらい、月奈の不名誉な噂は広まっていた。多少の尾ひれはついているのだと思いたくても、月奈も特に否定するような
校舎裏から慌ただしく駆け出していく男子と、そのあとゆっくり出て来て口から何かをティッシュに吐き出している月奈の姿を。
何をしてたかなんて、想像もしたくない。
ねぇ、月奈。
何があったの、昔の月奈はそんなんじゃなかったのに――そう思ったから、暇を見つけては月奈のところに顔を出すようにはしていた。けれど……。
『
『ありがとう、晴香』
昔みたいな朗らかな顔は、見られない。
あの頃みたいに優しい笑顔ではなくて、やっぱりどこか遠巻きに、空でも仰ぎ見るような笑顔。そんなの見せられたって、苦しいだけだった。
それでも、月奈の望んだ“お日様のようなあたし”にしか、もうあたしはなれなかった――だから周りにはいつも誰かがいたし、その中の何人かにも言われていたのだ。
『あいつはいいよ、ほっといて』
周囲の月奈に対する態度は、冷ややかなものだった。あたしも月奈に関する噂話は知っているから、そうなるのもわからなくはない。けど、きっとそれは誤解だ――誤解じゃなかったとしても、それは間違いなく月奈自身の意思なんかじゃない。そうわかっているのに、あたしにはどうしようもなかった。
だって、あたしは月奈みたいにひとりきりでいられるほど強くなかったから。誰かからそっぽを向かれたらなんて想像しただけで息が苦しくなるようなあたしだったから。
だから。
『晴香のこと、好きだよ』
いきなりそんな言葉を向けられたときだって、どうしたらいいかわからなかった。だってその眼差しはあたしが月奈に抱いていた感情よりもずっと強くて、頷いたらそのまま全部食べ尽くされてしまいそうな
だから、目を逸らした。
『わたしも月奈が好き、みんな大事な友達だもん』
そう答えることしかできなかった。
再会してから、初めてあたしのことをまっすぐみてくれた瞬間だったのに。踏み出すにはどうしても、その“一歩”は遠すぎた。
ねぇ、あの日あたしは、なんて答えたらよかったの?
* * * * * * *
夕闇を絡ませた風が、濡れた頬を撫でる。
すべて終わった静けさは心地よくさえも思えたけど、すぐに現実が押し寄せて心を潰してくる。それでも尚、あたしは自分の目の前で起きたことがわからなかった。
身を乗り出して見下ろす眼下には、花のように綺麗な赤を下敷きにして倒れている月奈の姿があった。手足が変な方向に折れ曲がって、よく見ると頭も変な形になっている――落ちた拍子に骨とかが割れてしまったのかも?
「…………月奈?」
わかってはいた、もう届かない。
もうそこに、月奈はいない。
それでも、呼ばずにいられなかった。
だって、ついさっきまでそこにいたから。
月奈はきっと助けを求めていたはずだから――その手を振り払ったのは、きっとあたしなんだ。
どうしたらよかった、なんて今更言っても仕方ない自問。月奈が聞いてしまったら笑ってしまうような愚問。きっと月奈は言うに違いない、あたしにできることなんて何もなかったって。あたしは眩しすぎるから近寄らないでほしかったって、何もしないでって。
けど、あたしには他にどうしようもなかった……そんなの言い訳でしかないとわかっていても、それしかできなかったんだ。
「……月奈」
地面で横たわる彼女を見つめる呼吸が、荒くなる。
ねぇ、月奈。
きっとあなたは、あたしが本気であなたを想っているわけじゃないって思ってたんでしょ? あなたのことを、たくさんいる友達のひとりとして扱ってるって思ってたんでしょ?
そうしたらさ、月奈。
もしもあたしが、月奈を追いかけたりなんかしたら、その全部諦めたみたいな――あたしのことなんて少しも信じてくれずに卑屈になっていた祖の顔も、少しは変えられるのかな?
ねぇ、どうなの、月奈?
一歩、また一歩。
前に踏み出して、あなたの方へ。
唾を飲み込んで、あなたの傍へ。
「ねぇ、月奈」
息を吸い込んで、静かに告げる。
「月奈はあたしを太陽みたいって言ってたけど、そうしたのは月奈なんだよ? 月奈があの日笑ってくれてたから、それがいいことだって、思ってたのに……」
わかってるよ、もう。
太陽になんてなれない。
彼女のお日様になんてなれなかった。
たとえその他大勢にとっての太陽であったとしても、そんな存在にもしもなれたのだとしても、1番それを見ていてほしかった人が、もういない。
あたしは太陽じゃない。
月奈が忌々しげに呼んだような、ただそこにあるだけで
あたしは太陽に近付こうとして、その熱で焼き焦がされて墜ちた、イカロスだ。ハリボテの翼で高い空を飛ぼうとしたばかりに大切なものを失くしてしまった。
それなら、いっそのこと本当に墜落した方がいいんじゃないの? ふと思い付いたそれは、とてもいい案のように思えた。
「晴香、探したよ! 屋上から人が落ちたって……ほら危ないからこっち来てってば!」
「こんなとこいたら晴香が疑われちゃうよ、早く来なって!」
「え、あの、」
「いいから、ほら! なんか訊かれてもうちらが助けてあげるからね」
「どこにもいないから晴香が落ちたのかと思って心配したよ~」
ほら、ほら、早くこっちへ。
口を揃えて言う友人たちに半ば引き摺られるようにして、あたしは屋上から――月奈から引き離されてしまう。
宵闇の風に紛れて、『ほらね』と悲しげな声が聞こえたような気がした。
落日に取り残されて 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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