〈9〉

「足引っ張るくらいなら死ね」


 翠はその言葉を聞いて、確信したのだった。


 自分たちは社会の足枷なのだと。自分たちこそが社会のゴミなのだと。まともに学校へ行くこともできない。役目を果たすこともできない。与えられた仕事もきちんとこなせない。


 翠はすべてを理解した。

 

 いつか死のう。こんな思いをするくらいなら、この世から消えたほうがよっぽどましだ。社会のためにもなる。


 妹を巻き込んだのは、一人で死ぬのが心細かったからだ。

 しょせん自分は、一人では生きることも死ぬこともままならないのだ。


 それから彼女はたびたび翠に愛を問うてきた。


 私のこと好き? 私は一人じゃない? 


 翠は何も言えず、適当な返事だけをした。


 妹をこんな風にしたのは、自分だ。

 

 育ててくれた親に対する罪悪感はあったが、自分が立派な大人になる瞬間はまったくと言っていいほど想像がつかなかった。

 年を取ってぶくぶくと肥えても、親のすねかじりの身分に甘んじている未来は容易に想像できた。


 自分は、あまりにもポンコツな人間だった。


 それから翠は、なるべく親に迷惑をかけない自殺のやり方を調べ始めた。首を吊るか、腕を切るか、ほかにもいろいろな方法を学んだ。妹にどの死に方が一番いいのか相談したりもした。

 二人は死の世界に夢を見始めた。


 妹の参考になればと思い、五年生になる時、一人で腕を切った。


 すぐに発見されて病院に運ばれた。大事には至らないという医師の言葉を聞いて、翠は、死ぬことはそう簡単にできるものではないことがわかった。


 妹は翠に問いかけた。


 私のこと好き?

 

 ともに死んでくれることを待ち望んでいる目だった。


「……そこから、どうやって一般クラスに編入する決意に至ったの?」


 舞衣は静かに聞いた。翠は淡々と返した。こわばっていた表情はいくらか和らいでいた。


「単純に、死にたくなくなったからだよ」

「……気持ちが変わったの?」

「ああ」


 翠は地面の砂を足でいじくりながら、思い返すように言葉を紡いだ。


「親に泣かれたんだ。両方とも泣いていて、すごく叱られた。もう二度とこんなことするなって言いつけられた。

 その時、俺はわかったんだ。

 戦うしか道はないって。死を夢見ることは絶望なんだって。

 俺はまだ絶望しちゃいけない。生きるしかない。この身体で。そう決めた。

 でも、あいつはまだ夢を見ていた」

「……それから、妹さんを憎むように?」


 舞衣の声が、寂しげに聞こえたのは気のせいではないと思った。


「あいつが邪魔だと思うようになった。俺は、あいつの、首を絞める夢さえ見たんだ」


 何も疑わない妹。死の約束のことをいまだに信じている妹。翠の目に暗い光が宿った。


「あいつをあんな風にしたのは俺だ。でも何もしてやれない。あいつを救うのは俺じゃない。俺はこのままだとあいつに喰われる。もう離れなければいけないんだ」


 翠はうずくまった。こんなことを誰かに話すのは、今までになかったことだった。


「一体いつになったら楽になれるんだろう。俺はどこへ行けばいい」


 最低な人間だということはわかっている。

 自分だけ成長して、妹を置いていった。


 今だってこんなにも震えている。周囲の冷たい態度に、普通の世界へ足を踏み入れたことに後悔している。


 けれど今さら戻ることはできない。帰る家はない。自ら捨てた。この世の中で、本当に一人ぼっちだった。


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