〈7〉
定期試験の年間成績表が、生徒たちに配られた。
まだ三月の期末が残っているが、春から二学期の終わりまでの総決算が一月末に送られるのが、この学校の小さな行事だった。
プリントをめくると、上位十名までの成績優秀者が、学年ごとに表紙に乗っていた。
翠の成績は七位だった。全科目の点数を見ると、理系の科目が足を引っ張ったようだった。やはり苦手分野をもう少し克服しないとなと、嬉しさよりも悔しさのほうが勝った。いつか一位になりたい。学年トップの成績を収めたい。できるならオール五の成績表を、ここにいるこいつらに見せつけたい。
芽生えた野心は消えることなく翠の内を燃やしていた。
「このクラスで一番の成績は、青花です」
ざわめきに満ちたクラスの中で、担任教師が誇らしげにつぶやいた。
その言葉は思ったより大きくクラスメイトの中に鋭く響いたようで、教室は一瞬、時が止まったかのようになった。
「へえ、青花、すごいじゃん」
昨日、翠の悪口を言っていた彼が、今日は人当たりの好い笑顔で遠くの席から話しかけていた。それを合図に、周りも声をそろえて、すごーい、えらいなー、と笑顔を向けた。
「馬鹿みたいだな」
何かに非常に苛立っていた。ここにいる生徒全員に、翠は一瞥をくれた。プツンと切れた糸は、今まで溜めてきた怒りをせき止めることが、もうできなくなっていた。
糸が一度切れると、あとはなだれ込むように、むき出しの感情が露わになった。
「そうやって上品な顔して、綺麗な言葉だけ並べて、俺がいなくなったらくだらない話で盛り上がるんだろ?」
教室の空気は、翠の掌の上にあった。
翠が動き出せば、皆は注目する。この異物を、絶対に受け入れないという固い意志が、今ここにいる生徒全員の目に映っていた。
「くだらねえ。本当にくだらねえな。俺がそんなに面白い生き物かよ。あちこち固まりを作って、動物の群れみたいに集団行動するお前らのほうが、よっぽどおかしいわ」
翠のすぐ後ろの席の男子生徒が、身体を乗り出して翠の顔を殴りつけた。
翠も傾いた身体を起こして相手を殴り返す。
「始めからこうすればよかったんじゃねえかよ!」
翠の叫びは誰にも聞こえず、生徒たちは怒りの表情を露わにして、野次を飛ばした。
担任教師があわてて男子生徒の身体を掴んで、翠から離す。
保健係の彼は、ああ、やっぱりね、というように、心から見下したような視線を投げていた。
翠は言葉にならない叫びを口に出し、吠えるように何事かを怒鳴って、教室内を走りだして外へ出た。
広い世界へ出たかった。こんな狭くて、誰かが誰かを格付けして噂するばかりの部屋に、愛着なんか一ミリもなかった。
翠は走った。力の限り走った。反射的に手にした学生鞄と成績表だけを持って、どこへ行くのかもわからず、衝動のまま走り続けた。
○
通学路を走り抜けて、駅を通り、だいぶ離れた場所にある広い公園にたどり着いた。
こんなところまで行くのは初めてだった。公園があったことなど知らなかった。
走り疲れ、息が途切れ始めて、何度経験したかわからない例の喘息発作が起こった。
なだれ込むように木陰のベンチに倒れ込んで、胸を抑えた。
呼吸が苦しかった。あまりに息ができないので涙が出てきた。これは悔しさからではない、発作の反動で出たやつだ。必死に自分に言い聞かせる。
近くにいる主婦らしき人たちの視線を感じた。好奇の目。異物を見る目。どこへ逃げても、翠を追いかける無遠慮な視線はなくならず、広がる一方だった。
息切れが治まると、今度はひどい咳が出た。喘ぎ声だけが、喉から情けない音を出して空気に触れた。
背中を丸めて、身体が落ち着くのを待つ。こうしていれば、何とかその場をしのげたものだった。
じっとしていると、咳は止んだが、震えるほどの寒気が襲ってきた。身体の芯から冷えて、このまま消滅してしまいそうな気持ちに陥った。学生鞄を抱きしめて凍えるように身を縮めた。
誰か助けてほしいと、切実に身体が欲していた。
やがて少しずつ動けるようになり、抱えていた鞄のチャックを開けて、アイフォンを取り出した。
舞衣、お前に会いたい。俺を見つけて。
震える指でアイフォンをタップし、メールを送信すると、翠はようやく身体を起こすことができた。喘息発作のような息切れと、そしてもっとひどい症状は、一応止まった。最悪な事態を招いたにもかかわらず、心はなぜかすっきりとしていた。
ぼうっと空を見上げていた。真っ白な砂漠のような、あるいはあの世の海で泳ぐ舟のような、長く伸びた雲が、どこまでも白く空を覆っていた。
雲の向こうから、太陽が真上で光を注いでいた。太陽の位置がまだあんなに高い。朝なのか、昼なのか。腕時計を見るのも面倒くさかった。
アイフォンがメールの振動を伝えた。授業中であるはずなのに、彼女はすぐに返事をくれた。
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