〈10〉
グラウンドではしゃぐ生徒たちを遠目に見つめながら、佳純は夕莉に、過去のことを話し終えた。
夕莉はじっと耳を傾けていた。時折、相槌を打ちながら、佳純の紡ぐ言葉に聞き入っていた。
「あ、夏央先輩と冬華先輩のクラス、賞取ったみたいだね」
佳純がふと話題を変えると、夕莉も視線を移した。遠くで夏央がクラスメイトと熱い抱擁を交わしていた。冬華のほうはクラスの女子たちと手を取り合って喜んでいた。
「青春って感じだなあ」
夕莉が溜め息交じりにつぶやいた。その声の調子に、羨ましがっているような感情を佳純は感じ取ると、「私たちも青春したじゃん」と返した。
「うん、まあ、午後しか参加できなかったけど。……ごめんね、あんなに取り乱しちゃって」
「いいよ。もともとは私が言い出しっぺだから。……もう外、暗いね。帰ろうか」
「うん」
佳純と夕莉はそっとベンチから立って、そろそろとグラウンドを後にした。先に帰るという旨を夏央と冬華にメールで伝え、今日はいろいろとご迷惑おかけしました、という文章を添えて送信すると、二人はゆっくりと帰り道を歩いた。
「頭痛は治まった?」
「うん、だいぶ」
先ほど倒れた夕莉は、頭に手をやりながらも、気丈に答えた。
「ありがとうね。つらい過去のこと話してくれて」
夕莉は礼を述べると、髪をまとめていたバレッタを外して、手ぐしで広げた。佳純も縛っていた髪をほどく。いつもの自分に戻ると、今日一日の疲れがどっと出た。
「私のお兄ちゃん、何も言わないから。いつも私に黙って何でも決めちゃう」
夕莉は少し笑いながら、とっぷりと夜の満ちた空を見上げて歩いた。
「きっと、兄と妹っていうのは、荷が重すぎる関係なんだよね」
夕莉がその台詞を言うと、それはとても説得力のある言葉に思えた。佳純は夕莉に寄り添って、バス停とモノレール線に分かれる駅の入り口まで進んだ。
「ヒント、見つかりそう?」
「うん、何とか」
私たち、やっぱり似ているから。そう言いたげな夕莉の視線に、佳純は笑顔で返した。
「じゃあ、明日は文化祭の後片付け日だから、私たちは休みだね。明後日また学校でね」
「うん。バイバイ」
夕莉は手を振ると、モノレール線乗り場まで改札を通っていった。
バイバイ。さようなら。また明日。
もう何度この言葉を伝えてきたのだろう。また明日会えるなんて、どうして思えるだろう。
別れの言葉は、いつでも自分に過酷な試練を課してきた。
もう、終わりだろうか。もう、言ってしまおうか。あなたの兄に恋をしていると。あなたの兄のことが好きだと。
自分も、三学期から一般クラスに編入するつもりなのだと。
○
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