第10話:「世界は広い。日本は小さい。私はもっと小さい」

ある日の掃除の時間。

中庭。

マーちゃんたち三人の追試組の会話が耳に入ってきた。

「マー、店、どうすんだよ?」

石川翔が心配する。

「なんとかしないとな……。夏休みは花火大会があってお客さんたくさん来るから書き入れどきなんだ……」

無口なマーちゃんが珍しく心配事を口にする。

「俺も畑の手伝いがあってさ、夏休み抜けられないんだよね」

石川翔は実家の農家かあ……。

「ウチも弟たちの世話。プール連れてったり、昼メシ作ったり。親、両方とも働きに出てってるから、学校やってくれてる方が楽なんだよな」

沢田唯人は5人の弟妹きょうだいの世話……。

みんな大変だなあ……。

石川翔が愚痴る。

「だいたいさあ、何で俺ら三人だけなんだろうな?」

「それは森岡のロリコンがマーにれてっからだよ」

「それ、マジなの?」

「やめろ、そんな話」

「ハハ、イケメンに生まれた天罰ですな」

お前ら二人も充分イケメンじゃねえか……。

「真面目に考えようぜ」

とマーちゃんが仕切り直す。

「マー、何か上手うまい方法とかあんのか?」

「勉強の仕方が分からないからなあ……。真面目に取り組んだことなんてないから」

「追試の参考書が売ってればな」

上手いこと言うな沢田唯人。

「まともに勉強なんてやれる環境じゃねえじゃん、俺ら三人」

「それは言いっこなしッ。自分の家庭環境にケチつけるようになったらおしまいだよ。食わせてもらってんだから。あんな小さなスナックだって一応生活できてんだから。そっちだって同じだろ?」

「マーは大人だな」

「森岡誘惑しちゃおっか?。あいつのアソコに一回ぶち込んでやって。ガハハハハ!」

アホなこと言うなッ、沢田唯人!。

「気持ち悪りいこと言わねえのッ」

マーちゃんが笑った。

可愛い!。

森岡真貴子モテねえなあ……。

それにしてもマーちゃんは大人だ。もう家の生活のことを考えている。

それに比べて私は……。

貧しい生活だけど一応勉強させてもらって生活させてもらって。浅野多久美と意地だけの勝負させてもらって……。

何なんだろう。

不甲斐ないよね。

「不甲斐ない」ってこの前の国語の授業で覚えた言葉だけど、初めて生活の中で使ったよ。

勉強したものが実生活で役に立ったのは初めてだ。

それくらい私の勉強って生活にかかわってない……。

親の庇護ひごもとで校内一の秀才になって。

何か情けないよなあ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る