夢と現実

 小さいおじさんとの夢の中での約束の日、私はポケットからメモを取り出して眺めていた。

 忘れずに夢の中で指定の場所へ行ければ、私は、夢の中ではあるが郁子先生とセックスができるはずだ。そう思えば思うほど、私は目が冴えて眠れなくなってしまった。


 このままではせっかくのチャンスを逃してしまうと思った私は、ふと実際に保育園の裏の公園まで行ってみようかと思い立った。なぜそんなばかばかしいことをやろうと思ったのか、どうにも説明がつかないのだが、とにかく私はベッドから抜け出て、着替えを済ませ、自転車にまたがった。ここから保育園までは自転車で30分ほどだ。


 10時を15分くらい過ぎた時刻に、私は指定された公園に到着した。街中から少し離れたところにある公園で、昼間でもほとんど幼稚園の外遊び専用であるから、日曜の夜ともなると人影もない、はずであった。

 

 驚いたことに、というか、実際にはあまり驚いていなかったような気もするのだが、とにかく郁子先生はそこにいた。

 街灯もついていないその公園の入り口に、黄色いひまわり柄のワンピースを着た彼女が、満月の月明かりに照らされ、腕を組んで立っていたのだ。


「遅いじゃない。遅刻よ」

 しかも若干お冠だ。

 彼女と口をきいたのは、これが初めてだった。見た目の印象から清楚で大人しい人と思っていたが、いささか印象が違った。

「時間がないの。こっちへ来て。急いで」

 

私は、正常な状況判断もできない状態で、何が起きようと、彼女に唯々諾々と彼女の後に従うしかなかった。

 郁子先生は素早く来ていたワンピースを脱ぎ、ジャングルジムにかけた。その下は何も身に着けていない。彼女は、私の想像通りに美しいその裸体を、傍らのベンチに身を横たえた。月明かりの青い光を怪しく纏った彼女の身体は、何やら人ならぬもののようにも感じられた。


「さあ、早く」

 せかされた私は、あわてて裸になると、彼女に覆いかぶさる体位で、冷えた肌を彼女に密着させた。

 私は、彼女と体をつなげた。秋口にしては肌寒い夜だったが、彼女の中はじんわりと暖かかった。

 彼女は手足を私にからめると、全身を激しく、くねくねとうねらせた。美しい彼女の顔が爬虫類のように歪み、吐息を漏らす赤い口の中に、小さな牙と先端が二つに割れた舌が見えた。 

 私はたまらず、ものの数分でどくどくと精を彼女の中にはなった。

 

 彼女の上で息を弾ませる私に、彼女は断面が五百円玉ほどで、長さが十センチほどの青い円筒状のものを手渡した。表面にはびっしりと紋章のようなものが刻まれている。

「今の首相は、実はサタンなの。でも、これがあれば退治することができる」

  

 私は、何やら危ないことに巻き込まれつつあることを、ここに来て初めて認識した。

 呆然として言葉を発することができない私をしり目に、彼女はことばを続けた。

「これを工藤課長のところに持っていって」

 彼女は都心から電車で二時間ほどの埼玉県の西部のローカル線の駅から、さらに数キロほど林道を上った先にある峠の名前を挙げた。


「明日、電車で行けばいいのかな」

 ようやく口を開いた私に、彼女はぴしゃりと告げた。

「ダメよ。今すぐ向かって。自転車で行けるところまで行って、あとは徒歩で上るのよ」


 どうやら事態は私の想像以上に緊迫しているようであった。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る