第二十九話 ムト、晴れ晴れと帰還します
目を覚ましたのは、見慣れたソリアのベッドから見える天井。
特に痛いところも、動かないところもないみたいだ。
薄いカーテンからはオレンジ色の光。朝か、夕方か……あ、試練は? みんなは?
布団を
ベッドサイドテーブルに置いてある、これまた借り物の服に着替える。
あたふたしていると寝室のドアが開き、ソリアがわたしを見て、顔をゆがませて、飛びついて来た。
「アヤ! アヤ! 良かった、目を覚ましてくれて!」
泣きじゃくるソリアの、わたしを案じる気持ちは嬉しい。でも。
「ねえソリア、みんなは? 聖獣は? 試練はどうなったの?」
それを聞かなきゃ始まらない。
「みんな、無事よ……怪我はひどいですけど」ソリアは笑う。
「そっか……よかった」
「みんな、三層の拠点にいます。アヤを案じています。アラン兄妹が腕の骨を折ったくらいで、他はかすり傷。ピヴォも無事です」
「聖獣は?」
「はい、倒せました!」
満開な笑顔が嬉しくて、抱き合って、しばらく泣いた。
良かった、本当に良かった。
これでソリアが
少し落ち着いたわたしは、ソリアと話す。
わたしは聖獣の最後の攻撃で吹き飛ばされ、意識を失い、二日ほど眠っていたみたい。
もっとも、攻撃によってというよりは、
聖獣は、想像した通り、防衛隊の捨て身の攻撃で、お腹を突き破り、甲羅を突き抜けた。
皆が無事でいられたのは、ゴレイラの『エスクド』を
シルジンたち親衛隊も、けが人は出たけれど死者はいなかったみたい。
聖都も、地震や衝撃で建物が少し崩れたり、外壁に破損があったりしたけど、大きな損害にはつながってない。
「わたくしは祈りの間にいたのですが、外壁に損傷があるとそれがわかるのです。それを合図に結界を張るのですが、大きな揺れを感じた時、生きた心地がしませんでした。アヤが、みんながどうなっているのか、不安で……」
結界を張るためには、祈りの間の巨大な『
でも、早くに結界を張ると、維持する時間も限られてしまうので、結界を張るタイミングはオリバーさんの指示に任せることになっていた。
「まだだ、まだだ、ってちっとも張らせてくれなかったんですよ」
泣き笑いのソリアがそう言う。
「その判断は正しかったよ。ちゃんと外壁は死守したからね!」
絶対に結界なんて張らせない。
そう思って、わたしもシルジン王も、そしてみんなも頑張ったんだ。
居間に移動すると、オリバーさんがノックもせず入室してきた。
「ム、アヤ!」
大きな体に包まれる。
「すまなかったです。本当に、すまなかった……」
オリバーさんは泣いてるみたい。
わたしの背に合わせ、両膝を付いているオリバーさんの背中をポンポンとたたく。
「わたし、無事ですよ? それにちゃんとやれたでしょ?」
「想像以上でした……ソーイチとアユミの魔道具も、そしてあなたも、
オリバーさんと顔を見合わせ、笑い合う。
嬉しかった。
お父さんとお母さんの魔道具が、聖都と皆を救う役に立てた。
そしてわたしも。
「でも、やっぱり、防衛隊のみんなと、シルジン王と親衛隊、聖都のみんなががんばったからですよ」
そんなセリフは、少しだけ優等生過ぎるだろうか?
でも、いなくなるわたしより、ここにいる人たちが頑張ったって、次の試練に向けた資料に書いてほしいと思った。
―――――
三層、防衛隊の詰所で再会したみんなは元気だった。
囲まれてもみくちゃにされた。
そこにシルジン王を初めとして、親衛隊の大勢も加わり、大騒ぎになった。
シルジン王の一声で、王宮に場所を移し、盛大な祝賀会が行われた。
少し前までいがみ合っていた防衛隊と親衛隊の人たちは、肩を組み、お酒を
ソリアと二人、そんな光景を眺める。
「これが試練の目的なんだね」
「……そうですね、皆が一つの目標に向かい、それを越える。そして次の試練に向けて必要な準備をして……後世に残す」
なんで試練なんてものがあるのか不思議だったけど、これはこれで悪くない。
まあ、聖獣を倒せなかったらこんなふうに喜んではいられなかったんだけど。
苦笑しながらソリアを見ると、少し困った顔をしてる。
「ソリア?」
「あ、はい、なんですか?」
「どしたの?」
「あ……なんでもないですよ?」
ソリアは大聖堂に一人、人付き合いも少ないから、嘘や心配事はすぐ顔に出るんだよ?
真剣に聞こうとしたタイミングで、防衛隊の五人が寄ってくる。
みんなほろ酔いみたいで、顔が赤い。
「アラン……二人共、怪我は
ソリアが呆れたように、それぞれ利き手にギプスを巻いた二人に問いかける。
「あ、いや、痛いですね」
アランジレイトとアランエスケルは苦笑する。
「二人共、ちょっとこっちへ」
わたしは思いついたことを実行してみる。
彼らの腕に左腕をかざし、バンドに
「え、え? え! え~~~~!」
二人は丸い目をして自分たちに起きた奇跡を実感したみたい。
最後だし、骨折を治すほどの
わたしは似合わないウィンクをした。
その後もにぎやかな
―――――
翌日、
わたしは来たときと同じ体育着で、スポーツバッグを持つ。
「では、先に行きます。部屋の中央に白い光が満ちたら『
オリバー、折春おじさんはそう言って光に包まれ消えた。
向こうで両親にあいさつして、相転移の準備をするまで10~20分。
それが皆とのお別れの時間。
「ありがとう。そしてすまなかった。また、私の国に今度は遊びに来てくれ」
シルジン王と握手を交わす。
「聖獣の下敷きになったとき『エスクド』を
ゴレイラが膝を付いて頭を下げる。
「アヤ、ありがとうな。ずっとお前の声が聞こえてた。だからどう戦えばいいか、全部わかったよ」
ピヴォと握手を交わす。
「こっちこそ、ペンタグラムをうまく使ってくれてありがと」
「今度、お前の親父さんに、聖獣の甲羅で
ピヴォのそんな言葉が引っかかる。
「……聖獣、黒い霧になって消えたんじゃないの?」
「え? いや、あのままだぞ?」
嫌な予感がしてソリアを見る。
嘘の付けないソリアは、笑いながら泣いているように見えた。
……大試練。
そうだ、なんで忘れてた。
300年に一度、試練は一つじゃないって!
部屋の中央に白い光が灯る。
「シルジン王に伝令! 三方に
なに、みんな、何を隠してるの?
「ソリア!」
「さようなら、アヤ、元気でね」
満面の笑みの中で涙をこぼすソリアに手を伸ばす。
「悪いな、あとは任せろよ」
わたしの腕はピヴォに
床から円柱状に伸びる白い光は、ベールとなり、もう皆の顔は見えなくなった。
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