第二十八話 ムト、ピヴォに託します

 黒い魔道具は重さを変えられた。

 たぶん、重力魔法というのかもしれない。

 聖獣の放った黒い玉は『エスクド』の盾に触れて消えたんじゃない。

 あれが破裂した結果、周辺の重力を重くして、防衛隊全員が大地に押し付けられているんだ。


 ゆっくりと聖獣は動き出す。

 倒れている皆との距離は、わずか数十メートル。

 聖獣の歩みで五歩もない。

 踏みつぶされる!

 逃げて!

 声にならない。

 声に出せない。

 わたしは『思石しせき』を握りしめ、『セイウチの心臓』に願う。

 

 護れ!


 倒れているゴレイラの頭上で金色の光がはじけ、聖獣の前足は止まり、押し返されるように後ずさる。

 不可視ふかしの防壁に一旦止まる聖獣は、もう一度黒い玉を吐きだそうとする。

 たぶん、わたしがあの場にいれば神威しんいも使わず『セイウチの心臓』は機能する。

 でもこの距離で使おうとすれば、神威しんいが必要だってわかる。

 わたしの神威しんいは残り少ない。

 もう一度防げても、次は無い。

 ならばどうする。

 

 ……重力には、重力!

 遠いから声は届かない。

 だから、神威しんいを届ける。

 ピヴォと『両手剣ペンタグラム』に!


 わたしの『思石しせき』から白い光がまっすぐに届く先に、ゆっくりと立ち上がるピヴォ。

 宵闇の中、大地を照らす満月に向かって高くかかげた黒い剣は、わかったよ! という合図だ。

 彼はそして駆け出す。

 ゴレイラを越え聖獣の元に。

 聖獣は黒い玉を吐き出す。

 ピヴォは剣を振り下ろす。

 黒い玉ははじけ飛び、わたしのところまで衝撃が届く。

 重力魔法と重力魔法のぶつかり合いはピヴォの勝ちだ!

 ピヴォは後方、倒れ伏している四人の頭上に横薙よこなぎで剣を振るう。

 重力という呪縛じゅばくから解き放たれたように四人がすぐに動き出す。

 フィクソアは上空に。

 アランジレイトは右側に。

 アランエスケルは左側に。

 ゴレイラはピヴォとスイッチして最前線に。

 それぞれ移動する。


 ゴレイラが先手を打つ。

 発現させた白い盾を猛烈な勢いで聖獣にぶつける。

 小山のような巨体が、その一撃でわずかに浮き上がるほどの衝撃だった。

 続けて、アラン兄妹が左右から脚を狙い攻める。

 離れた位置から魔導銃で、接近して属性剣で、暴れる短い前脚に着実に攻撃を重ねる。

 フィクソアは上空から甲羅に向け、一点集中の落雷を落とす。

 それが効果的なのかはわからないけど、雷撃の度に聖獣は身をくねらせている。


「……すごい、なんて戦いだ」


 隣で戦況を見つめるシルジンがほうけた顔でつぶやく。

 まるで映画の特殊効果かCGみたいな光景だ。

 わたしだって現実感がないまま、ただ手に汗を握る。

 でも、物語と違って、望む結末が訪れるかはわからない。

 いつ、だれが怪我をしたり、命を落としたりするかわからない。

 それほどの戦いが繰り広げられてる。


 ふと、聖獣の黒い体が、闇夜の中でさらに深い黒に輝いたように見える。


 次の瞬間、聖獣はふわりと浮き上がり、直後凄まじい轟音と共に大地に落下する。

 それはまるで地震のように、わたしたちにも立っていられないほどの衝撃が伝わる。


「うわわわぁぁぁぁ!」


 周囲の親衛隊から悲鳴が上がる。


 聖獣は、重力魔法を自分にかけたのか。

 元々の重さがどれだけあるかわからないけど、自分だって相当なダメージを食らうだろうに。

 そして、周囲にいる人はどうなってしまうだろう。

 わたしは揺れが残る中、立ち上がり戦場を見渡す。

 只でさえ夜の闇の中、砂埃によってさらに視界が悪い。

 でも聖獣周辺の大地がぼこぼこに崩れているのがわかる。


 まさか、埋まってしまった!


 わたしは絶望を感じながら皆を探す。

 手に持った『思石しせき』に願う。

 どうか無事でいて!


 やがて、砂埃が消え、満月の光が周囲を照らすと、空中に浮かぶ存在に気付く。


「フィクソア? ……いや、みんな?」


 フィクソアの『ドウロン』に四人がぶら下がっている!

 みんな、無事だ!


 安心も束の間、聖獣は大地の瓦礫がれきに埋まりながらも、再び大きな口を開き、黒い玉を発射する。

 フィクソアは慌てた様に後方へ移動し、黒い玉の効果か、まるで墜落するかのように落下する。


 護れ!


 残り少ない神威しんいを使う。

 もう後のことなんか知らない!

 今はわたしの全部を使ってでもいい、皆を護るんだ!


 地面に叩きつけられる前、金色の光に触れ、ふわりと速度が落ち、地面に降り立った皆はすぐに聖獣から距離を取る。


 聖獣は瓦礫の中でもがいている。

 つまり自分を浮かせて落下させる攻撃は、それほどの威力でもあり、切り札なのかもしれない。


 今なら、大きな攻撃ができるのでは?

 わたしがそう思うのと同時に、フィクソアの『ドウロン』が浮かび上がり、そこにはピヴォがぶら下がってる。


 動けない聖獣の上空から、落下しながら加重した剣を一点に集中すればどうか。


 不思議と冷静な戦況せんきょう分析をしていることに気付き、同じことを彼らも考えてると気付く。

 皆が一体となって試練を越えようとしている。

 その昂揚感こうようかんは恐怖を上回る。


 行け! ピヴォ!


 上空、およそ20メートルほどか、フィクソアは甲羅に向かって収束した雷撃を撃つ。

 同時にピヴォがふわりと中空におどり出る。

 両手の逆手で柄を握り、切っ先を下に、抱えるように落下する。

 そのまま最大加重したのか、加速を続け、あっという間に甲羅に辿り着く。


 ドウゥゥゥゥン!!という鈍い音が衝撃と共に響き、ピヴォははじかれ、地表に落下する寸前、フィクソアが捕まえた。


 ホッとすると同時に、攻撃が効かなかったことにショックを受ける。


 一度後退する五人の前に、瓦礫がれきから抜け出しつつある聖獣。

 皆が動かないのは、動けない?

 神威しんいも尽きて、もう手が無い?


 聖獣は完全に瓦礫がれきから抜け出し、防衛隊の前に進み、立ち止まる。

 そして、聖獣の色が、再び濃い黒に染まり始める。


 また、あれが来る!


「シルジンさん、また同じのが来ます!」


 固唾を飲んで見守る隣のシルジン王に短く伝える。


「わかるのですか? 総員、衝撃しょうげきに備えろ!」


 聖獣のそもそもの重量を利用した質量攻撃。

 さきほどピヴォが試した方法もそれだけど、あの甲羅は貫けなかった。

 ……甲羅がダメなら、お腹側はどうなんだろう?

 あれほどの攻撃を全部逆手にとったらどうなんだろう?


 いや、ダメだ。

 頭に浮かんだアイデアは、危険すぎる!


 でも、防衛隊の五人はこちらに振り向き、ピヴォは剣を再び掲げた。

 表情なんて見えないのに、なぜか笑っているように見えた。


 聖獣がふわりと浮き上がる。

 その瞬間、フィクソアの『ドウロン』が四人を連れて高速で聖獣の下へ。


 真下で、聖獣の加重攻撃を全て利用するために!

 ゴレイラが大地に『エスクド』で盾を張り土台にする。

 フィクソアが上空の聖獣に向け雷撃を放つ。

 アラン兄妹が上空に魔導銃を撃ち『セキケン』『セイケン』を突き出す。

 そしてピヴォが『両手剣ペンタグラム』の切っ先を直上に!


 わたしは『思石しせき』を握る手を、聖獣を貫け! と突き出した。


 落下に転じ、最大加重した聖獣が彼らを押しつぶし、轟音と衝撃が聖都を襲う。


 ここまで届く衝撃に、わたしが吹き飛ばされ意識を失う前、最後に見た光景は、真っ黒い甲羅を割り天に伸びる白い光だった。

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